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町内ライダー

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「……という訳で、真理さんは、亡くなってしまった、兄さんの婚約者で僕の初恋の人に、そっくりなんです」
 店の奥の居住スペース、リビング兼ダイニングキッチンと思しき場所に通されて、渡は深央の事を(ファンガイアについては省いて)簡単に説明した。太牙は、魂が抜けたような顔をしてソファに座っている。
 渡は、財布に入れて持ち歩いている深央の写真を取り出して、西洋洗濯舗・菊池の従業員の皆さんに示して見せた。
 女々しいとは自分でも思っていたが、この写真をどうしても捨てる事が出来なかった。
「これ、真理ちゃんでしょ……」
「そっくりですね……」
 奥でアイロン掛けをしていた店主の菊池啓太郎と、アルバイトの尾上タクミが、口々に感想を述べる。
「……ホント、そっくり」
「真理が二人……考えたくねぇ」
「巧、何か言った? 今日の晩ご飯は小籠包がいいかしらね」
「……何も言ってねぇよ。それはいくら何でも拷問すぎんだろ……」
 園田真理自身も、驚きを隠せない様子だった。従業員の乾巧は小籠包が嫌いなのだろうか。美味しいのに。
「兄さんも僕も、本当に深央さんの事が好きだったから……驚かせてしまってすいません」
 渡がぺこりと頭を下げると、真理は、いいって、と笑顔を見せた。
「こんなに似てたら間違えても仕方ないよ。あたしはその深央って人じゃないけど、思い出したら悲しくなっちゃうよね」
 笑ってくれた真理の顔を眺めて、渡は本当に悲しくなって、頷いて目を伏せた。
 顔形はそっくりだが、快活ではきはきとものを言う、この園田真理という女性は、確かに深央ではない。
「よくないなぁ……隠し撮りなんて。大方、真理の同情を引こうとしてそんな作り話を考えたんだろう?」
「草加君、そんな言い方やめて」
 奥からまた一人、青年が出てきた。渡が出した深央の写真を、不愉快そうな面持ちで眺めている。
 決め付けたような物言いに、温厚な渡も流石にむっとする。真理が嗜めるが、草加と呼ばれた青年は怯む様子はなかった。
「僕、隠し撮りなんて……嘘もついてません。真理さんとは今日初めて会ったんです」
「見え透いた嘘をつくなよ。そんな卑怯な手を使う奴を、真理の近くには置けないな。今すぐ出ていってくれないか? 今後真理に近づいたら容赦しない」
 草加と呼ばれた青年は、渡の言葉など聞く耳を持っていない様子だった。どこまでも高圧的に、渡を睨み付けて言いたいことを言う。
 そのやりとりを聞いて、ソファでしょんぼりしていた太牙が、ゆらりと立ち上がり、草加へとゆっくり歩いていく。
 まずい。兄さんのこの顔は、ぶち切れてる顔だ。渡は太牙の顔を見て慌てた。
 こんな所で太牙の怒りが爆発しようものなら、大変な事態になってしまう。諫めようと渡が間に入ろうとするが、太牙は渡を押し退けて、草加の正面に立った。
「貴様……弟を侮辱するな。俺は今機嫌が悪い、それこそ容赦せんぞ?」
「へぇ。容赦しないなら、どうするっていうんだい?」
「王の判決を言い渡……」
「わーっ! 兄さん駄目、判決は駄目!」
 慌てて渡が口を塞ぐ。ふがふがと太牙が藻掻くが、判決を言い渡されたら、この草加というこの上なく感じの悪い青年の死が確定してしまう。
「ふん、口だけか」
「もうやめてよ草加君! あたしもびっくりしたけど、そんな風に決め付ける事ないでしょ!」
「真理……俺は君の為を思って」
「そんなのいらない、そんな草加君、嫌いよ!」
 嫌いよ、という言葉が余程堪えたのか。草加は驚愕の表情を浮かべて、口を噤んだ。
「……めんどくせぇ話になってきたな。付き合ってらんねぇ」
「……あ、アイロンアイロン、っと」
「……店長、僕、店番に戻りますね」
 乾と啓太郎と尾上は、思い思いに理由を付けて、太牙と草加と真理が三つ巴で睨み合うその場から退散していく。
 それは正しい判断だ。だけれども、残された渡はどうすればいいというのか。
 おろおろと真理と草加を交互に見るが、動きはない。
 やがて草加が、先程迄の感じの悪さからは想像がつかないような切なげな顔で、真理を見た。
「真理……いつか君にもきっと分かる。君を本当に愛しているのは俺だ。そのストーカー共がまた近付いてきたら、俺は君を守る為に戦うからな」
 言い捨てて草加は、ドアを開け外へと出ていった。
 どちらかというと、草加の一連の言動の方が余程ストーカーっぽかったが、触れない方がいいだろうか。
「……二人ともご免なさい。草加君いい人なんだけど、ちょっとあたしの事になると見境なくて」
 確かに見境はなさそうだ。何をしても不思議ではない。
「いえ、こちらこそ、びっくりさせちゃってご免なさい」
「取り乱してしまい、済みませんでした。深央はもういない……分かっていたんですが、あなたを見ているとどうしても別人には思えなくて……」
 渡と、漸く落ち着きを取り戻した太牙が詫びると、真理は微笑んで、首を小さく横に振った。
「いいんです。これも何かの縁だし、クリーニングあったら是非また来て下さい。草加君はああ言ってたけど、気にしなくていいですから」
 笑顔がまたそっくりなので、渡は悲しくなってしまい、困ったような顔で笑い返した。太牙も同じような気持ちだったのだろう、切なげに笑っていた。
作品名:町内ライダー 作家名:パピコ