町内ライダー
その1
朝食の後、士とユウスケ、夏海の三人は、街へと出て辺りを散策していた。
暫く当てもなく歩きまわるが、これといって変わったところのない、普通、としか言いようのない街並みがずっと続いているだけだった。
雑居ビルが立ち並んで、時折コンビニエンスストアやドラッグストア、カフェなどが目に入る。曲がり角から先を覗くと、スーパーの駐車場が見え、その隣にファミリーレストラン。あまりにも特徴がなさすぎて、特徴がないのが特徴と言えるかもしれない。
「……何も無いな」
「そうですね、特に事件とかなさそうですし」
ぐったりと疲れた様子で、士は溜息を長く吐き出した。
「どうした士? 何か疲れてるのか?」
「……分からん。朝方に何か酷い悪夢を見た気がするんだが、どんな内容だったのかをはっきり覚えてない」
「ふぅん……まあ、結構歩いたし、あそこでちょっと休んでこう」
言ってユウスケは、少し先にある公園を指さした。
気怠そうに士が頷いた。入り口の車止めをすり抜けて公園に入ると、平日のためか人気がない。ベンチの脇で、誰かが屈みこんでいるのが見えた。
「……? 具合でも悪いのかな?」
呟いてユウスケが早足に駆け寄っていった。
「あの、大丈夫ですか? どこか具合とか悪いんですか?」
「あっ、いえ、大丈夫です。材料を集めてて」
振り返りユウスケに向き直った若い男の顔を見て、士は目を見開き、口をぽかんと開けて言葉を失った。
「……材料?」
「はい、バイオリンのニスに使うのに、セイタカアワダチソウの若芽を」
「…………?」
ユウスケの中で、セイタカアワダチソウとニスは繋がらなかったらしい。不思議そうな顔をして青年を見つめた。
その後ろで、士は音を出さずに口だけをぱくぱくとさせていた。
「……士君、どうしたんですか?」
その様子に気付いた夏海が、不審げに士に問いかける。
「おおお……おお、おおおお……」
「スザンナ?」
「違う!」
「MYコンブ?」
「もっと違う!」
「じゃあ何なんですか」
夏海が頬を膨らませて不満そうに尋ねると、士は驚いた顔のまま、ユウスケの横で屈み込む青年を指さした。
「お、ま、え、はーーーっっ!!」
指さされた上に大声で叫ばれ、青年はびくりとして、不思議そうな顔で士を見上げた。
見忘れる筈も見間違える筈もない。士にとって忘れようとしても忘れられないその顔。
世界の滅びの日に現れ、ディケイドを全てのライダーを破壊する者と呼んだ青年、その人に間違いなかった。
「……あの、すいません……お会いしたこと、ありましたっけ? どなたですか?」
「ありましたっけじゃねえ、とぼけるな! ここで会ったが百年目! そうだ思い出したぞ、思い出したら腹が立ってきた! お前のふざけた説明のお陰で、俺がどれだけ苦労したのかを思う存分教えてやる!」
今までの旅もそうだし、はっきり覚えていないが、昨日の夢でもとても酷い目に合わされた気がする。青年の説明が明らかに足りなさすぎたせいで。
怒り心頭に発した様子で、士は目を見開いたまま満面の笑みを浮かべて、左手で右手を包み、拳をごきりと鳴らした。
「えっ……ええっ? な、何を言ってるのか僕にはさっぱり……」
「俺にもさっぱり……士、何言ってるんだお前」
青年はすっかり困り切った様子でおどおどきょろきょろとしているし、事情が分からないユウスケも困惑していた。
「もういい、もういいんだ! 俺は全ての破壊者だ、自分の運命を受け入れるぞ!」
「士君、ノリだけでそういう事を言わないでください!」
決意を込めて言い放った士は、横からの夏海のツッコミにも全く耳を貸さず拳を構えた。
ユウスケはオロオロしているし、青年にいたっては目を閉じて両腕で顔を覆った。
「あっ、渡、やっと見つけた!」
後ろから高い声が飛んだ。あれよという間に声の主は駆け込んできて、青年の前に立ち不思議そうに彼を見つめた。
十代半ばくらいの女の子だった。背中にかかった髪はハーフアップで結い上げ、白いパーカーにショートパンツ姿が活動的な印象を与える。
「……何してんの? 渡」
「何かあの人が僕の事見て怒ってるんだ……僕、全然知らない人なのに」
弱りきった様子で青年が説明すると、少女はむっとした顔をして、自分も怒りだした。
「ちょっと渡、駄目でしょ、そういうのはガツンと言ってやらないと! そういう所いつまで経っても直らないんだから!」
「すいません……」
青年が頭が上がらない様子で呟くと、少女は一度頷いてから士に向き直った。
まっすぐ睨みつけられ、少女と青年のやりとりを眺めて毒気を抜かれかけていた士は、ややたじろいだ。
「ちょっとあなた! うちの渡が何したのかは知りませんけど、事情も説明しないでどういうつもりなんですか! 渡はそんな、理由もなく恨みを買うような事はしません!」
「え、あの……それはだな、色々と深い事情がこっちにも……」
「どんな事情か知りませんけど、それだったら渡の保護者である、このあたしにも、ちゃんと説明してください!」
少女の剣幕に、思わず士は後退り、頷いていた。