町内ライダー
じとりとした目線が睦月に向けられている。
学校帰りに早速名護を訪ねて、mald‘amourというカフェを訪れた睦月は、名護と一緒に睦月を助けた女性に、呆れたような顔で睨まれていた。
「……何でよりによって弟子なの……。君ねえ、啓介がそんなに素晴らしい人間だと思うの?」
「失礼だな、訂正しなさい恵。この地上に俺のように素晴らしい人間は他にいない、と」
カウンターでは名護の右側に睦月が座り、名護啓介を挟む形で左側から恵が睦月に視線を投げている。二人の間で、名護は涼しい顔をしてコーヒーを口にしていた。
「なーにが俺のように素晴らしい人間、よ。バッカじゃないの。それなら私だって教科書に載れるレベルの偉い人になっちゃうわよ」
「それは有り得ないな。君はまだまだ未熟だ」
「……あー、ホントムカつく。いい君、こんなムカつく男の弟子なんて、絶対どうかしてるわよ。考え直すなら今のうちよ」
会話が今ひとつ噛みあっていないながらも、ポンポンポンポンとテンポよく言葉がやりとりされる。カウンターの中のマスターは、またやってる、と言いたげな目線を二人に向けただけで、洗ったカップを拭き始めた。
「だって、この前実際に見ましたから。名護さんは素晴らしい人です。あなたはどうして名護さんの事をそんなに悪く言うんですか」
「あんまり名護名護って言わないで、私だって一応名護なんだから」
「……えっ?」
「あー、君、知らないんだ。この子、名護君の奥さん」
マスターが恵を指差して睦月に教える。それを聞いて、睦月は目をやや見開きびっくりして恵を見た。
「恵、君は夫への尊敬というものがないのか」
「あなたは自分が尊敬に足る人間だと……思ってるんでしょうけど。お生憎様、私は思ってないの」
「これだけ時間を共にしているというのに、君はまだ俺という人間についてしっかりと理解していないようだな」
「……私だって分かりたくなんかなかったわよ、全く」
やはり会話は微妙に噛み合っていない。恵は大きく聞こえるように溜息を吐いて、ぷいと横を向いた。
「まあ、そこが君の可愛い所でもある。おっと、のろけてしまったな。それよりもだ、睦月君、まずは君の心構えから確認したい。君は戦士にとって、一番大切な物は何だと思う?」
「えっ……ええと……。……自分の弱さに負けないで打ち勝つ、戦っていく事が、大切だって思います」
名護の質問への答えは、睦月の実感だった。彼が彼なりに戦ってきた中で掴み得た答えでもあった。
それを聞いて名護は満足そうに微笑み、何度か頷いた。
「いい答えだ。だがそれだけでは、まだ充分とはいえないな」
「充分じゃない……何か足りないんですか?」
「そうだ。戦う為の力は、正しい事に使われなくてはいけない。正しい理念を持ち、常に広い視野で物事を見て、世界をより良くするために戦う。それが、この名護啓介が目指している理想だ。君も俺の弟子になるなら、それを目指してほしい」
「名護さん……分かりました! 広い視野を持って世界の平和の為に……俺に足りなかったのは、きっとそれなんだ!」
目をきらきらと輝かせて睦月が明るく言い、至極満足そうに名護が頷いた。
頬杖を突きながら横目でその光景を見て、恵はもう一つ、長く大きな溜息を吐いた。