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町内ライダー

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 気がつくと、病院のベッドに寝かされていた。
「あっ、あああっ、目、覚めました? 大丈夫ですか? すいません、本当にすいません!」
 横には、慌てた様子の青年が座っていた。
 冴えない、というのが第一印象。恐らくは涼の苦手とするタイプと思われた。
「……ここはどこだ?」
「えっと、あのっ……、さっき、僕が落ちてって、圧し潰しちゃって……、そこの近くの病院です」
 はっきりしない喋り方をする。やや苛つきを覚えて、涼は青年を睨みつけた。
「……何で俺が圧し潰されたんだ? 空から降ってきたのはお前か?」
「ホント、ホントに、すいませんっ! あの、僕、すっごく運が悪くて……それで、あの、あそこの近くの公園で不良に絡まれて、殴られたらシーソーに乗っちゃって、それでそのシーソーにお相撲さんが乗ってて、……自分で言っててもおかしいから信じられないだろうって思うんですけど、お相撲さんが落ちる勢いでシーソーから飛ばされちゃって、あなたの上に飛んできたっていうわけ……で…………」
 運が悪いとか良いとか、そういう話なのだろうか、それは。そもそも真実味に欠ける。
 毒気を抜かれ、涼は溜息を一つ吐いた。
「……もういい。お前の喋り方を聞いてると殴りたくなるからもう喋るな」
「えっ、あの、あっ……すいません……」
「俺も運はいい方じゃない。犬にでも噛まれたと思うさ。帰る」
 立ち上がって、ベッドの下に置いてあった靴を履くと、慌てた様子で青年が駆け寄ってきた。
「まっ、まだ、動いちゃ駄目ですよ! 頭とか打ってたら駄目だから、検査しないと!」
「別にどこも痛くないし問題ない。余計なお世話だ」
 纏わり付く青年を振り払って、涼は足早に歩き出した。
 腕時計を見ると午前十一時半。二コマ目にはもう出られないが、午後の講義にはまだ十分間に合う。
 葦原涼は大学生だった。自分では辞めていたように認識していたが、彼は何故か大学生だった。
 父親が死んだ頃、大学を辞めようとした時に、叔父さんから、兄さんはお前が立派に大学を卒業してくれる事を望んでいたはずだ、と言われた。ようだった。
 その後一年間のゴタゴタは休学扱いとなっていて、涼は自分でも気付かないうちに復学していた。
 何もかもがおかしい。
 ギルスになってしまった自分を恐れて遠ざけた筈の監督は、そんな事などすっかり忘れた様子で水泳部に戻るよう言ってきた。
 アンノウンはいなくなった筈だったのにまた現れ始めているし、アンノウンではないようなものもしばしば姿を見せている。
 だからといって、死んだ人間が生き返っているという事ではないようだったし、津上翔一はレストランを経営しているし、涼はギルスのままだったから、何もかもなかった事になったわけでもないようだった。
 ギルスといえば、津上翔一が主宰している『アギトの会』という妙な会合に、無理矢理参加させられている。
 世話焼きな男だから、会合の日にはわざわざ迎えに来る。苦難を乗り越えた経験を、他のアギトが悩みを乗り越えるために役立ててほしい、と言われてしまえば、関係ないと突き放せもしなかった。その苦しさ辛さは涼自身が一番良く知っている。
 おかしいという違和感が日々強くなるものの、具体的には何も行動を起こせないまま日々が過ぎて行く。
 だが、そこにあるのは平穏だけではなかった。
 突然目の高さを飛んできたものに突き飛ばされ、涼はビルとビルの間の細い路地へと転がり込んだ。
 上を見る。アンノウンだ。烏に似た姿をしたアンノウンが、翼をはためかせ宙に浮き、涼を見下ろしていた。
「アギト……」
「俺はアギトじゃない」
 口の中が切れた。唇の端から垂れた血を拭うと、涼はアンノウンを睨みつけたまま、腰を落として構えた。
 その時。
「お前倒しちゃうけどいいよね、答えは聞かないけどっ!」
 陽気な声が響いて、上空のアンノウンの腰あたりで、幾度か炸裂音が鳴った。体制を崩しアンノウンが落ちてくる。
 上に向けていた首を前に戻すと、奇妙なものが立っていた。
 黒いボディスーツの上に、白と紫を基調としたプロテクターを付けている。
 V字型の目と思われる紫の部分の下には龍の髭のようなものが上向きに生えている。あれがガンダムだったら非難轟々だ。
 いや、ガンダムだって常に新しい挑戦を続けている。格闘大会をしたり翼が生えたり種が割れたり。いつまでも、『おーい、ここから出してくださいよー』とか、『よく、分かりません……母さんです……』なんてやってる訳じゃない。
 そんな事は今はどうでもよかった。目の前のその妙なものは、軽やかにステップを踏みながら、銃と思われるものをアンノウンに向けて、闇雲に弾丸を発射していた。
「へへーっ! 落ちろ、落ちろっ!」
 どうせなら、『落ちろ蚊トンボ!』くらい言ってくれればいいのだが。色も丁度紫なのだし。木星帰りならば尚いい。そういえば形も何となくメッサーラに見えてきた。そうなれば上のあれはブライト・ノアが乗るシャトルで、ガンダムMk.2が救助にくるのか。こいつティターンズか!
 思わず現実逃避をしていた。涼は気を取り直してアンノウンの動向を見守った。
 地面から放たれる銃弾を、アンノウンは躱しきれていない。徐々に高度を落としている。
 自身も変身すれば、触手を伸ばしてアンノウンを捕捉できそうではあったが、目の前の紫のこれが味方なのか敵なのか分からない以上、ギルスとなるのは話をややこしくするだけにも思われた。以前は津上翔一ともG3とも、色々とややこしくなっていたから、涼は少々慎重になっていた。
 紫の奴が放った銃弾は、案外正確にアンノウンを射抜いていた。じきにアンノウンが地面へと叩きつけられた。
「あーあ、お前つまんない。最後行くよ、いい? 答えは聞かないけどね」
『Full Charge』
 紫の奴は何かカードのようなパスケースのようなものを取り出して、ベルトのバックルに翳した。電子音声が鳴り響いた。
 真正面にはアンノウンが落ちてきているが、その後ろに涼もいる。このままここにいると、何かとてもまずいのではないだろうか? 予感がして涼は駆け出した。
 ビルとビルの間に慌てて駆け込むと、紫の奴の構えた銃から、何かはよく分からないがエネルギーの塊のようなものが発射された。
 何発も銃弾を食らっていたアンノウンはそれを避けられず、真正面から食らう。触れた、と思ったときには爆発が起こり、涼が身を潜めたビルが揺れて、爆風が吹き抜けていった。
 やがて静かになる。ビルの角からそっと伺うと、紫の奴がベルトを外した。
「……さっきの人、怪我とかなかったかなぁ」
 ベルトを外すと、姿が変わった。そこに居たのは、空から落ちてきた青年だった。
 ……なんで、あいつが? 性格が全然違ってたぞ?
 やや呆然と、涼は立ち去る青年の後ろ姿を眺めた。一体彼は何者なのだろうか?
 考えていても分からない。もしかしたら、最近の辻褄の合わなさと、何か関係があるかもしれない。
 距離を置いて、涼は青年の後をつけ始めた。
作品名:町内ライダー 作家名:パピコ