町内ライダー
その15
町をふらついた後、矢車は弟の待つ寝ぐらへと舞い戻った。時刻は宵の口を回り、辺りは既に夜の闇に包まれていた。
寝ぐらとは言っても、床はコンクリートに埃塗れのビニールシートを引いてあるだけ。だが、屋根が付いていて雨を凌げるだけでも、地獄を這いずる定めの彼等兄弟には上等と言えた。
だが今矢車は、屋根の下に踏み入らず、暗がりで満面の笑みを湛えた弟と知らない男を、さしたる感情もないような、死んだ魚のような目で、ぼんやりと眺めていた。
「兄貴、俺にもとうとう弟ができたんだよ!」
満面に笑みを湛えて、影山が弾んだ声で告げた。神代剣が一時期弟になろうとした事は、悲しくなるほど美しくも華麗に、記憶から消去されているのだろう。仕方がない。影山は少々バカなのだ。
影山の隣で、コンビニ前にたむろするヤンキーの座り方をしている「弟」は、現れた矢車に視線を移す事なく、左手に抱えたスチロール容器からカップ焼そばの麺を啜り上げた。
「……ほう、そりゃ良かったな。だがそいつは、地獄を這いずる苦しみに、耐えられるのか?」
何の感慨もなく、適当さが際立つ口調で矢車が質問を口にすると、焼そばを啜っていた男が、顔を上げて矢車を、ぎらぎらと光る目で睨み付け、ソースのこびり付いた唇を、にたりと吊り上げた。
「こちとら生まれてこのかた地獄暮らしだ。お前、土を食った事はあるか……?」
その視線に、矢車に対する興味など恐らく存在しない。ただぎらついた何かの欲望だけがたぎった視線を受けて、矢車はこくりと一度唾を飲んだ。