町内ライダー
新しい「弟」の名前は、浅倉威。殺人罪の容疑で刑務所に収監されていたが、とあるきっかけを得て脱獄、以来逃亡生活を続けているという。
「俺ぁとにかく暴れられればそれでいいんだ。こいつは、思う存分暴れられるような事を言ってたぞ。早く暴れさせろ」
瞬きをしないで、ねとりとした口調で浅倉は、漸く屋根の下に入り定位置に腰を下ろした矢車に言った。
それを聞いて、矢車はふん、と鼻を鳴らした。
「お前の望み通り、暴れるネタには事欠かないさ。逆に殺されなけりゃ、の話だがな」
特に感情もなく、ぼそりと矢車が答えたが、浅倉の頬に貼りついた笑みは動かなかった。
「上等だ。死ぬか生きるか位の相手と殴り合うのが、一番面白いんじゃねえか。ああ、楽しみだなぁ、早く暴れてぇ……」
浅倉は更に口の端を上げて、深く笑った。暴れる様子を夢想するだけで、楽しくてたまらなくなるのだろう。
そこには、地獄の底を這いずる苦悩は微塵もない。
だがこの男の見ている地獄が、影山と矢車を包むものと同等なのかそれとも、それ以上なのか以下なのかは、まだ分からない。
死んだら死んだで仕方がない、それがこの男の天命だ。
「よし、じゃあ、新しい弟の歓迎も兼ねて、地獄でも見に行くか。兄弟」
「ああ、行こうぜ兄貴……」
矢車がゆらりと立ち上がると影山もそれに続き、最後に浅倉が、のそりと体を起こした。
三人は一様に背中を屈めてゆらりゆらりと足を動かして、寝ぐらを後にした。