町内ライダー
地獄の兄弟達、三人の眼前には、十数体のワームの群れがあった。
「ッチ……また蛹共か」
矢車が舌打ちをする。言葉通り、暗闇で蠢くワームはいずれも蛹だった。
「祭りの、場所は、ここかぁっ!」
やや後ろにいた浅倉が突然叫び、どこから調達したのか鉄パイプを手に飛び出した。
走り込むうちに、眼前のワーム達の姿が歪み始める。
「祭りの、場所はっ!」
「ここか、祭りの場所は!」
「ここが、祭りの場所かっ!」
やがてワーム達の姿が定まる。その光景は、ワームと戦い続けてきた矢車と影山でさえ、驚き言葉を失うのに十分な異様さを帯びていた。
「……俺の弟が、十人……?」
目の前では、見た目には区別のつかない、ワームが擬態した浅倉と本物の浅倉、総勢十人強が入り乱れ、敵味方など関係なく、最高にハッピーそうな表情で、殴りあっていた。
「ハッハハ、強いなぁ、俺は!」
「うらあぁっ!」
「こうしてんのが一番楽しいよなぁ、そうだろ俺!」
歓声と怒号が入り混じる。鼻を突く鉄の匂い。どの浅倉の物かは分からないが、血飛沫が砂利道に飛んだ。
全ての浅倉は共通して、わくわくした子供の様な顔をして、手近な浅倉へ殴りかかる。
「兄貴……これって一体」
「あいつの強烈な破壊衝動に、ワーム共が引き摺られ飲み込まれた……そんな所か」
矢車は興味の薄そうな口調で、推測を口にした。実際浅倉がどうなろうと矢車の感知する所ではないし、今はワームと本物を見分ける手段もない。矢車はただ、気怠そうに浅倉たちが殴りあう様を眺めていた。
やがて、浅倉が三人ほど脱落して砂利道に転がった頃。けたたましいサイレンと、バイクのエンジン音が猛スピードで近づいてきた。
「浅倉威、拘束……す…………えっ……」
停車したバイクから降りながら青いプロテクターが叫んだが、その勢いは途中で急激に失速した。
「おい氷川、何だこれは! 何で浅倉がこんなにいるんだ!」
「……分かりません」
いつの間にか赤いプロテクターも現れて、青いプロテクターに疑問を投げるが、当然答えられる筈がない。
浅倉が一人で楽しそうに暴れまくるのを見て、興が削がれた。矢車は一つ息を吐くと、二人のプロテクターへと呼び掛けた。
「おい、いい事を教えてやる。お前等サーモグラフは使えるか? 体温が異様に低いのがワームだ」
その言葉に、警察と思しき二人連れは浅倉の群れに向き直って、暫く観察をする。
「……本当だ、一人だけ正常な体温。ご協力感謝します!」
青いプロテクターが律儀に矢車に頭を下げて、二人のプロテクターは浅倉の群れ目がけて駆け出した。
「いいの? 兄貴……サツなんかに教えてやって……」
「いいんだよ……俺達と地獄に堕ちるのは、あいつらじゃあ、ない……」
言って矢車は踵を返したが、そこにパトカーが幾台も到着し、車の壁が作られる。
「浅倉威、お前は完全に包囲されている! 大人しく武器を捨てて投降しろ!」
ハンディスピーカーから割れた濁声が響いた。矢車と影山は無関係だが、無関係ですと言ったところでそうですかと通してもらえそうには思えない。
その頃、浅倉威に擬態したワームは、G3‐Xとアクセルの働きで、順調に数を減らしていた。
『Engine――Engine Maximum Drive』
「はあぁーっ!」
アクセルの気合一閃剣一閃、放たれたエンジンの記憶は高エネルギーの衝撃波となり、三人の浅倉威に成り済ましたワームを一気に巻き込んで炎を上げた。
「……何だぁ、お前等、俺の邪魔をするのか? それともお前等が、今度は俺と遊んでくれるのか……?」
一人の浅倉がゆらりと振り向いて、満面の笑みを湛えた。ぎょろりと剥かれた眼がぎらぎらと光っている。
サーモグラフによると、人間と同様の体温を持つ、ただ一人の浅倉威だった。
蛇柄のジャケットもその下の素肌も、返り血に塗れている。いくら人間の姿をしていてもワームはワーム、人間を遥かに超えた怪物の筈だったが、この浅倉は鉄パイプ一本で生き残っている。化け物じみているとしか言い様がない。
「浅倉威、あなたを拘束します! もう逃げられません、大人しく従って下さい!」
青いプロテクターのその呼び掛けを、浅倉はふんと鼻でいなして、答えを返さなかった。
「囲まれるのは面倒臭ぇなぁ……全員潰すぞ?」
「抵抗すれば撃つ、脅しではないぞ!」
今度は赤い方が浅倉へと呼び掛ける。彼の働きによって、既に他の浅倉は姿を消していた。
「ごちゃごちゃうるせぇなぁ……いいからお前等は、俺と遊べばいいんだ」
ゆったりと低い声で呟きながら、浅倉は後向きに後退り、やがて、彼の背中がビルの窓へとぶつかった。
「周囲は完全に包囲した、逃げ場はないぞ!」
「ない……? 本当にそう思うか?」
アクセルが剣先を向けて威嚇するのを意に介した様子もなく、浅倉は腰のポケットから何か取り出しながら振り向いて、窓ガラスへと向かった。
「変身」
呟きは小さすぎて誰にも届かなかったが、その光景はその場の全員を驚愕させた。
いつの間にか浅倉の腰に金属製らしきベルトが巻き付いて、何処からか虚像が飛んできて、浅倉に重なる。そして次の瞬間には、銀と紫の鎧に身を包んで、同じ色の錫杖のようなものを手にした、浅倉と思われる姿がそこに立っていた。
「何だと……!?」
さすがの照井も勿論氷川も、余りの事に反応が遅れる。
「おおい、兄弟、ズラかるぞ」
浅倉が矢車と影山を手招きして、呼び掛けてみせる。
「待ちなさい!」
「おっと」
浅倉を拘束しようと青い方が動いたが、浅倉はそれに気付くと一枚のカードを取り出し、手にした杖へとセットした。
『Advent』
平坦な声が響いて、次の刹那、青い方は、飛び込んできた何かに吹き飛ばされていた。
「うわぁっ!」
「氷川! ……何だこれは……、エイか?」
赤い方が呻く。エイによく似たミラーモンスター――エビルダイバーは、ひらりと空を切って、浅倉の側で滞空している。
その隙に、矢車と影山は、浅倉の側へと移動を終えていた。
「ようし、掴まってろ兄弟共」
言われた通りに矢車と影山が浅倉の腕にそれぞれ掴まると、浅倉は前を向いたままで、後ろへと飛んだ。
ガラスを破ってビルの中に逃げ込んでも追い詰められるだけ、誰もがそう考えた。
だが、ガラスが割れる甲高いけたたましい衝撃音は鳴らなかったし、そればかりか、浅倉と、兄弟と呼ばれた二人の黒コートが、まるで、ガラスに吸い込まれるようにふっと、消えた。
周囲をびっちりと包囲した警官達も、勿論、眼前で目撃した氷川と照井も。
残された者達は、何が起こったのかを一切把握できず、狐につままれたように、ぽかんと、浅倉が消えた窓ガラスを眺めた。