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赤根ふくろう
赤根ふくろう
novelistID. 36606
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その人の名

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二学期が始まってすぐ、実力チェックと銘打ったテストがあった。
夏休み、身の入らない勉強をしていた多軌はあまり良い成績が残せず、特に数学は酷く成績を落としてしまい、先生から後で職員室に来るように、と申し渡されてしまった。
放課後、仕方なく言われたとおりに出頭すると、職員室はなかなか賑やかなことになっていた。他にも実力チェックの結果、夏休みにあまり勉強をしていなかったと判断された生徒が多数出入りし、様々な教科の先生から、叱られたり激励されたりの応答を繰り広げていたのだ。
「あれ、多軌さんも呼ばれたの?」
自分よりも早く出頭していたクラスメートに見つかり、意外な顔をされる。
「あ……うん。ちょっとしくじっちゃって」
「やだあ。あたしもよ。ねえ、でも難しかったよね、あれ」
「そうね」
いつもなら多軌に話しかけなどしないのだが、叱られ仲間がいたことが嬉しかったらしいそのクラスメートは、わりあい気軽に多軌に話しかけた。
多軌にしてもこんな恥ずかしい場面に仲間がいることは少し嬉しかったので、いつもより少しだけ気軽に答えた。
「ほらー、センセ。絶対、難し過ぎだよー、これ。多軌さんもわかんないって言ってるじゃん」
「何言っているんだ。三十点切ったのは斉藤と多軌だけだぞ。いくらなんでも遊びすぎだろう。このままじゃ二学期終わる頃には何にも分からなくなってても知らんぞ」
先生は呆れて釘を刺す。そして類似題と思しきプリントをどっさり渡して来週までに、と厳命する。
クラスメートはがっかりしたように肩を落としたが、それで彼女へのお叱言は終わりらしかった。
「じゃ、斉藤は帰ってよし。あ、ついでにこれ、クラスに貼っといて」
やれやれ、次はお前か、と先生が多軌に向き直ると、彼女は元気に手を振って出ていく。
「はーい。じゃね、多軌さん。お先にー!」
が、すかさず隣にいた理科の教師が彼女を呼び止め、言った。
「あ、待て斉藤。ついでに二組寄って、ナツメにこれ、渡しておいてくれないか?」
「二組のナツメ君ね。わかりましたー」
「なっ……!」
思わず出掛かった声を、慌てて飲み込んだ。
―――ナツメ?
「どうした?」
ただ事ではない驚き方に、先生の方が驚いた。
「あ……い、いえ。なんでも……あの、そんな名前の人、いたかしらって……」
「ああ、夏休みの直前に二組に転入してきたんだ。フルネームは夏目…タカシ、だったかな。はじめて聞いたか?」
「はい」
頷くと理科の教師が振り向いた。
「夏目がどうかしましたか?」
「ああ、いや。多軌がそんな人いたかって言うから」
「あはは。まあ夏目も大概目立たないやつですからねえ。違うクラスの子になんか、知られてなくてもしょうがないでしょう」
「目立たないって言えば二学期から入ってきた一組の…ほら、八ツ原のお寺の。彼もなんだか影が薄い子ですね」
「今年の一年は地味な子の当たり年だな、こりゃ」
「…………」
先生たちののんきな会話は、半分も耳に入らなかった。
ただドキドキする胸を押さえ、多軌は必死で落ち着こうとしていた。
(学校に……こんな近くにいたなんて!)
「こら。聞いてるのか、多軌」
「はっ……はい、聞いてます!」
説教が終わるのが待ち遠しかった。

二組の教室の前で、多軌は困り果てていた。
去年までの自分なら、ごく当たり前に『夏目君てどの子?』と尋ねていた場面なのに、それができない、許されない。名を呼べない、という枷が今更のように恨めしい。誰かが大声で彼を呼んでくれるような場面に遭遇できることを、ただひたすら期待して待つ以外にない。
(どんな子なんだろう?)
教室から出入りする人々をじっと眺める。何人かはそんな多軌を胡散臭そうに横目で見て行く。
居たたまれない気持ちになったが諦めるわけには行かない。とにかくナツメサマを見つけて、あの妖怪のことを聞かなくては……
縋るような多軌の思いが通じたのか、二組の前で休み時間ごとに張り込みをはじめて三日、ついに彼女はその人を見つけた。
「なっつめー! おい、西村。夏目どこ行った?」
活発そうな男子が、二組の後扉から顔を突っ込み大声で叫んだのだ。
ドキン、と大きく心臓が打った。ごくり、と唾を飲み込んだ。
「ここだけど、なに? 北本」
答える声は思いがけないところ……多軌のすぐ後ろから起きた。
振り返る。
と、猫のような細い瞳孔がすっと横を通り過ぎる。やや薄い色の髪が多軌の鼻先でさらっと揺れる。色白で小柄な、痩せた少年が傍らをすり抜け、呼んだ少年に近づく。
「あー、いたいた。お前さ、図書カード落とさなかったか?」
「図書カード?」
猫目の少年はごそごそとポケットを探り財布を取り出す。
「あ! 本当だ、無くなってる」
「残り度数覚えているか?」
「確か…薄い文庫一冊買ったな。あの薄さだと税込み二百七十円くらい……てことは、残金は二百二十円くらい、だと思う」
「お、ビンゴだな。ほら、これそうだろ。司書の先生が図書室で拾ったんだ。いつも夏目君が使っている席だから、たぶん彼のじゃないかって」
「おお、ありがとう。助かった」
「会ったらお礼言っとけー」
去っていく友人を、猫目の少年はずっと見送っていた。
その表情は安堵と嬉しさから、優しく和んでいる。ああ、良かったね、と見ているこちらまで優しい顔になってしまいそうなほど、穏やかで幸せそうな顔だ。
人の親切を噛み締めるようなその表情に、多軌は何故か一瞬見入ってしまった。
少年はそんな多軌には全く気付いていない様子で教室に入り、見えなくなった。
数秒の間、多軌は動かなかった。
が、すぐに走り出し、五組の教室に駆け込んでいった。
作品名:その人の名 作家名:赤根ふくろう