水の器 鋼の翼4
レクスは残る右腕を支えにし、床から身体を起こした。相応の時間はかかったがこの場の誰の手も借りなかった。荒い息をどうにか落ち着かせ、レクスは精一杯首を伸ばして遥か頭上のZ-oneを仰いだ。
「それが私の、いや、私たちの夢だからだ……!」
「夢……」
一歩間違えれば、この場で何の痕跡を残さずにZ-oneに消される。兄から託された使命も果たせずじまいになるだろう。
それでも、レクスには言いたいことがあった。言わなければならないことがあった。
彼の脳裏に浮かぶのは、あの日三人で見上げた星空。
「不動博士は、モーメントを人類の破滅の道具として造ったんじゃない、人類に希望ある未来を与えたいと願って造ったんだ! 私や兄さんも抱く夢は一緒だ。その夢を侮辱するのは、例えそれが誰であろうと許さない!」
「……」
「お前たちが未来を守りたいのと同じように、私も未来を守りたい! モーメントが導く人類の未来を! そのためならば、今すぐここで消し去られても構わない!」
構わないのだ、とレクスは言い切った。あれだけ突き付けられた死の恐怖は、この時ばかりはレクスの胸中から綺麗さっぱり消えていた。そんなものよりも、夢に懸ける情熱の方が圧倒的に勝っていた。だから何も怖くなかったのだ。目の前の神も、首目がけて振り下ろされる寸前の剣も。
「貴様、言わせておけばっ……!」
「プラシド、止めなさい」
「しかし、Z-one!」
「いいのです」
レクスの首を刎ねんとする部下を押し留め、Z-oneはレクスに話しかけた。
「本気なのですね」
「ああ、」
「分かりました。ならば、これを返しておきましょう」
不意に、レクスの目の前に見覚えのある形状のカプセルが現れた。レクスが海で失くしたとばかり思っていた兄の「腕」だ。恐る恐るカプセルの取っ手を持った右手に、たちまちあの懐かしい重みが舞い戻ってくる。
「失くしてはいけないと思ったので、勝手ながらこちらで預からせてもらいました」
どうしてこれをと問うレクスに、しれっとした調子でZ-oneが答えた。
「あなたは自分のしたいことをすればいい。必要とあれば我々はあなたに惜しみなく力を貸します。そうですね、イリアステルの表向きの存在理由も後で伝えたほうがいいかもしれません。――ですが、これだけはよく覚えておいて下さい。時が来るまで、我々は舞台裏にいるべき存在です。もしあなたが誰かに我々のことを一言でも喋れば、その時は……」
背筋に冷たいものを感じ、レクスは再びZ-oneを見上げた。
白一色に塗り潰された空間の中で、鉄仮面の隙間から覗く青い瞳がレクスをじっと見下ろしていた。
ネオドミノシティの治安維持局では、今なお会見が続けられている。