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【帝人】自分勝手の憂鬱【誕生日おめでとう】

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「帝人君は嫌でも君と関わらなきゃいけない。なのに帝人君は君の一挙手一投足に振り回されてる。あんな小さな子が、自分の感情も出せず、言いたいことも言えない。かなえてほしいわがままだってあるだろう。
 それなのにこれじゃ彼が可哀想だ。
 君は一体彼をどうしたいんだい?」
「おれは…………。」
 それ以上言葉が続かない。
 お茶を淹れなおして再びソファに座った新羅はもう一度溜息を吐いた。
「ずっと思ってたんだけどね。」
 一口、紅茶を啜る。
「僕たちが引き取ろうか?」
 ひゅっと音にならない恐怖が漏れる。
「さっき君が言ったように、帝人君は都合のいいペットでもなければましてや人形では絶対にない。彼にはこれからを生きる権利がある。僕らにそれを奪う権利はない。」
 さらに新羅は紅茶を一口。
「静雄、君が中途半端な覚悟しか持てないなら、帝人君は僕たちが育てるよ。」
 強い、意志。
 果たして自分はこれほどまでに帝人を思いやっていただろうか。

 帝人はいい子だ。それは誰もが認めるところだろう。だから静雄は素直に謝り、祝いなおせば帝人は許し、喜んでくれると思ったのだ。
 素直に謝る?
 果たして静雄はいつ謝ったのだろうか。
 帰って早々誕生日を黙っていたことを責めはしなかっただろうか。

 最低だ。

「俺は最低だ。」
「そうだね。」
「でも……。」
 ゆるりと焦点を新羅に合わせる。
「帝人は俺の子だ。」
 しかし、迷いに反して飛び出たのは静雄の確固たる本心だった。
「それで?」
 だが新羅はそれだけでは赦そうとしない。
「俺が育てる。」
「できるの?」
 一瞬の間も置かず静雄は頷く。此処でためらってはいけないという直感が静雄を突き動かした。
「本当に?」
 更に念を押す。しかしくどいとは思わない。
「当たり前だ。」
「覚悟は?」
「ある。」
 こちらにも即答し、注がれる視線をまっすぐ受け止める。突き刺さるようなまなざしだったが、今度はそれを苦しいとは思わなかった。
「俺は最低だ。帝人を今まで散々苦しめてきた。だから、今度はちゃんとあいつを幸せにしてやりたい。」
 やがて新羅のその眼が逸らされた。
 それを合図に今度は静雄が立ち上がった。
 道を見出した静雄が、やるべきことは一つだ。
「俺も行く。新羅、ありがとう。」
 これで大切なものを失わなくて済む。
「いーよ。別に大したことはしてないからね。」
 ひらひらと彼は静雄に手を振り見送った。

「僕はセルティの愛し子が幸せになるために行動しただけだしね。」

***

 はい、と小さな少年の鼻先に買ったばかりのクレープを差し出す。
「誕生日おめでとう。」
「え…と…?」
 戸惑い、臨也の顔とクレープを交互に見つめる。
 まあ当然かと胸中だけで呟いて、またおめでとう、と笑いかけた。
「何で……?」
「うん?」
「何で知ってるんですか?」
「ああ。」
 それはね、と臨也は帝人を公園のベンチに誘導しながら少々大仰な手振りでいつもの口上を述べた。
「俺は素敵で無敵な情報屋さんだからね。帝人君の誕生日だってちゃあんと知ってるよ?」
 ベンチに並んで座って、そのままの流れでちゃっかりクレープも握らせる。
「だから遠慮なんていらないから。」
 ほら、食べてと優しく促してやると、帝人は渡されたクレープを見つめ、ぎゅっと握る手に力を込めた。途端に彼はくしゃりと顔を歪めてぽろぽろと涙をこぼし始めた。そのことに臨也は別段驚いたいはしない。最初に路上で会ったときからその気配を感じていた。
「どうしたの?俺でよければ話を聞くよ?」
 自分は帝人の味方である。その意図を含ませて臨也はゆっくり帝人の肩を、頭をなでてやる。
それに安心したのか、帝人はぽつりぽつりと先ほどあったことを拙いながらも臨也に伝えた。

「なるほどね。それは確かにシズちゃんが悪いね。」
 一通り話し終えたところで臨也は一言感想を漏らした。とはいえ、臨也はたとえ天と地がひっくり返ろうとも静雄の肩を持つことはしないから、感想というよりはあらかじめ用意しておいた科白である。
「ぼくは……ぼくはべつにいわってもらいたかったわけじゃないんです。あ、でもホントはいわってほしかったんですけど、でもそうじゃなくて、ほんのささいなプレゼントに一緒にいてほしかっただけなんです。
 でも、多分ぼくはしずおさんが帰ってきてくれてうれしかった。だけど、その分だけくやしかった。あ……えと……くやしかったっていうか、うまく言えないんですけど、なんかざわってしたんです。
 多分、本当はちょっとむりしなきゃだけど休めるのに、それをしてくれなかったことを怒ってるんだと思います。
 わがままですよね……ぼく。」
 帝人の独白に真剣に耳を傾けながら、臨也は歓喜にうち震えた。
 ――何て、何て歪んだ子供なんだ!!
 彼は今、子供ながらに本気で憤っているし、本当に悲しんでいる。それなのに彼は自分の心境を完全に把握している。まだ齢が二ケタも行かない幼子なのにだ。
 一体要因は何なのか。化物の血と人間の血が混ざりあった結果か。母親に見捨てられたと言う複雑な家庭環境か。それともそもそも静雄に育てられたことによるものか。
 とにかく彼は的確に歪んでいた。
 ――もっとその変化が見たい。観察したい!できるだけ近くで!
 こんな面白い人間は久々だ。
「そんなことないと思うけど、シズちゃんはそうは思わなかったんだね?」
「……………。」
「じゃあさ、帝人君、俺の子になる?」
「え?」
「俺は帝人君の誕生日を忘れたりしないし、帝人君のことをちゃんと考えてあげるよ。どうする?」
「でも、臨也さんとは、その……ホントのお父さんじゃないし……。」
「そんなの関係ないよ。血が繋がってなくても親子にはなれる。ドラマとかで見たことない?」
「あり…ます……。」
「でしょ?シズちゃんだって俺が動けば何とでもなる。帝人君が受け入れてくれれば俺たちはすぐにでも親子になれる。」
 帝人はでもと口つぐんだ。周りから聞かされる臨也の人間性と、帝人を疎む静雄の元には帰れないという思いの間でせめぎあっているのだろう。
 臨也自身は自分は子育てができるような人間だとは思わないが、こと帝人に関しては飽きることは無いと思ってもいる。
 どこをどう間違えたのか分からないが、帝人は臨也寄りの人間だ。
「臨也さん……ぼく……。」
「ん?」
「ぼくは……。」
 臨也は辛抱強くその先を待つ。決して急かしたりはしない。
 しかし彼がその続きを聞くことはなかった。

ガゴッ

 何の前触れもなく飛んできた標識が帝人と臨也の間を割いた。

***

 静雄は標識を投げた態勢のまま、激しい炎を宿した瞳で以て臨也を睨めつけた。
「臨也てめえ!!」
「危ないなあ。帝人君に当たったらどうするつもり?」
「うるせぇ!さっさと帝人の傍から離れろ!」
「それは帝人君が決めることだよ。」
 言って臨也は帝人を引き寄せた。ようやっと静雄の視界に帝人が映る。
「俺たちはね、親子になろうって話をしてたんだ。」
「な!!ざけんな!」
「全然ふざけてなんか無いよ?つまりは本気。