“絶対”の証明
俺は今、今日の部活終了後の狩屋との会話等を自分の部屋で整理している最中だ。
ベッドにゴロリと転がり目を瞑り一度大きく深呼吸をする。
「あぁー………。頭………いてぇ…………。」
ため息の様に口から溢れだした言葉たちは力無く空気に溶け込み消えていった。
それを感じながらゆっくりと目を開ける。
自分では整理仕切れない自分の感情。
自分では考えられないアイツの行動。
全部が全部、自分一人ではどうしようもなくて思わず神童を頼りたくなってしまう自分がここにいるのが悔しい。
悔しいが事実なんだ。
「明日……ちゃんと狩屋と話さないとな………。」
そうして俺は静かに眠りにつくことにした。
次の日の部活ではアイツはいつも通りにしていた。
俺と話すときも、昨日の事なんか無かったみたいに本当に普通に話していたんだ。
一方俺は、アイツとは違ってそんなに器用には気持ちの切り替えをすることは出来なかった。
そのため思いっきり練習にミスが出まくった。
頭にボールがヒットしたり、ボールカットする前に盛大に転けたり、数えきれないほどのドジをしきった。
(あーっ……。
ホントに俺…メンタル弱ぇー……)
俺は改めて部室のベンチに座り項垂れながらため息を一つついた。
すると、上から彼の声が聞こえた。
「霧野……。お前今日、何か変だぞ……。」
「神童……。」
(神童を頼ってはい。)
俺の頭の中はそれだけで一杯一杯だったが、そんな頭とは裏腹に口は勝手に神童を頼ろうとする。
「昨日……ちょっと………」
そこまで言ったがその先の言葉はアイツによって遮られた。
「キャプテン!お疲れ様でした。
先に失礼します。」
いつも通りのトーンで話した狩屋だったが、いつもよりほんの僅か早口だったのに俺は気付いた。
速足で部室を出ていくアイツから俺は目が離せずにいた。
何かを言わなくてはならないのにその“何か”が分からずにただぼーっと立っている事しか俺には出来なかった。
「……霧野。」
神童に名前を呼ばれてやっと意識が戻ってきた。
「霧野…行かないくて良いのか……?」
「……え?」
「狩屋の所……。」
「神童…お前……っ!!!?」
神童を見ると、彼は半年前別れを切り出してきた時と同じような顔をしていた。
「ごめんっ………。ありがとうっっ!!」
そういって俺はただひたすら狩屋を追いかけていった。
「狩屋…っ!!……狩屋っっ!!!!」
走りながら必死に成って声を出す。
(聞かなきゃいけない…話さなきゃいけない……。
何がとか……分からないけど……っ!!
でもっ……とにかく…っ!
アイツに……アイツとっっ!!)
「かりやぁぁぁぁぁーっっ!!」
声に出してアイツの名前を呼んでみる。
「はぁ……はぁっ……やっと見つけ……っ……たぁ……。」
何故自分の声がこんなにも震えているのかが分からなかった。
何故自分の視界がこんなにも歪んでいるのかも分からなかった。
「狩屋!」
もう一度彼の名前を今度はしっかりと呼んでみる。
「霧野先輩…な……んで……。」
「そんなのっ………お前がっ…に……逃げるから……だろ!!!?」
「逃げてなんていません…。
それより……何のようですか?」
アイツの声が急に鋭くなり俺の胸へと突き刺さった。
「な……なに……って……。
それは……その……。」
なんて言えば良いのかが俺には分からない。
喉でつっかえている言葉でさえ何なのかも俺には分からない。
もどかしくて息苦しくなる。
(あ……あの時と……同じ………だ。)
俺の脳裏にちらつく過去の記憶。
「用がないなら……俺帰ります…。」
(行かないでくれ……俺を…)
それはとても心地よく残酷で。
「置いていかないで………くれ……」
深く深く落ちていく。
あの頃の思い出へと。
あれは、ちょうど中学へ中学した頃だった。
「神童…。俺、お前に言わなくちゃいけないことが有るんだ……。
もう、お前に嘘をついているなんて…出来ない。
俺は、神童の事が好きだ……。」
「………え?」
「いや……返事は聞かなくても分かってるから…。
ごめん……気持ち悪かったよな……。
ただ隠し事をしてたくなかったんだよ……。
明日からもいつも通りに接してくれるか……?」
「……無理だ…。
俺だってずっと……小さい頃からずっと……霧野のことが…………好き……でたんだ。
やっと両想いになれたのに……忘れてくれ………なんて言うな…。」
その時俺がどれ程嬉しかったか、彼は知っているのだろうか?
「霧野……絶対に幸せになろうな……。絶対に………。」
「ああ…。」
俺達が小さい頃から秘めていた淡い恋心は美しい色となり俺の頭の中へと残った。
次に目覚めた時、俺は保健室のベッドで寝ていた。
ゆっくりと起き上がり周りの様子を見てみるとベッドの横には狩屋の姿があった。
ベッドを机代わりにはせず、パイプ椅子に座りながら足を組み、首をカクカクさせながら寝ていた。
そんな狩屋の姿を見ていると、何故か凄く落ち着いて……。
「う……っ……。もうっ………いや……だっ……。……たすけ……て…っ……。」
誰に助けを求めていると言うわけでは無いが自然と口から涙と共に溢れ出す。
保健室のベッドだと知っていたが涙が止まらず、ただ涙たちは重力に従いベッドの布団へと次々に染みを作っていった。
「霧野…先輩……。また……泣いてるんですか……?」
俺はアイツの声には耳を傾けずただ泣いていた。
「霧野先輩…。大丈夫ですよ……。俺は……。
俺はずっとここに居ますよ……。」
そう言いながら狩屋がゆっくりと俺に近づいて優しく抱き締めてきた。
「俺は……。俺は…貴方の側を離れませんよ…“絶対に”……。」
俺は思わず狩屋の“絶対”と言う言葉に反応していまいアイツを突き飛ばしてしまった。
「っっっ!!!?」
狩屋の体が痛そうな音を立てながら壁へとぶつかった。
「あっ……狩屋…ご、ごめん……っ!!
大丈夫か?」
急いでベッドを抜け出して狩屋の元へと駆け寄る。
「だ……いじょーぶ……です。」
ゆっくりと狩屋は起き上がり、先程よりも強く俺の事を強く抱き締めてきた。
「霧野先輩……。
神童先輩と付き合っていた頃…、なんと無くですが……どんな会話をしていたのか……。
想像がつきました……。」
「だったら……っ」
「“だったら”……何ですか?
まさかそれが理由で俺のこと振る気だったんですか…?」
アイツの声はいつにまして殺気だっていた。
「えっ?いや……」
「とにかく!
俺は霧野先輩の事“絶対に”幸せにしてみせます!!」
「っっ!!狩屋……この世に“絶対”なんて……無いんだよ!!!!」
また、あの言葉に反応してしまい狩屋に強く当たってしまう。
「じゃあ、何で先輩はそこまで“絶対が存在しない”って言い切れるんですか!!!?」
「それ……は………。」
「一度…、辛い事が合ったからって何でもかんでも決めつけないでくださいっっ!!
……俺と付き合ってください…。
そして、俺がこの世に“絶対”が有るってことを証明してあげますよ。」