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魔王と妃とその後の魔界

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 バイアスの大袈裟で芝居がかった態度や言動は殆ど演技だと解ってしまったのだし、もう中ボス呼ばわりはできず。
 フロンもその正体や思惑などを知り、中ボス呼びは改め、バイアスと呼ぶ様になった訳だが…それはともかく。
「どこにいらっしゃるんですか?」
「えっと、お連れしてくる様に、との事っス」
 その言葉に、不思議そうに目を瞬く。
「わざわざどこへですか?バイアスさんなら、直接来ると思うんですけど…」
 彼は、プリニーを使うという事をあまりしない。
 色々と暗躍していた事もあってか、まず自分で動くイメージもある。
(それに、このプリニーさん、お城にいるプリニーさんとは違う様な…?)
 フロンが疑問に思いながら再度首を傾げた。
 プリニーの判別は難しいが、城で働いているプリニー達とはよく接しているフロンである。
 新入りであっても、一応は、とエトナに挨拶に来させられるから、一度は目にしている。
 だから、言葉を交わせば解る自信はあったのだが…。
 しかしフロンが答えを出すより先に、
「とにかく来てほしいっスー」
「あっ、ちょっ……?」
 有無を言わさず腕を引っ張り走り出すプリニーに流される様に、フロンは城から連れ出された。





 一言で表すならば、死屍累々。
 地獄絵図でもいいかもしれない。
 とにかく、その場には多種多様な悪魔達が無残な姿で転がっていた。
 そんな惨状を築き上げたのは、勿論魔王ラハールである。
「ふむ。…こんなものか」
 いずれも命だけは残っている様で、呻きと怨嗟の声を上げているが、ラハールは気にしない。
 そして、そこに立つのはもう一人。
「さて、どうする?もう貴様しか残っていないぞ」
「ぐぐっ……!!」
 冷や汗を流しながら悪魔が歯を噛み締め、ぎりぎりと軋ませる。
 だが、それも長くは続かない。
「クソがっ!!」
 存外に短気だった様で、悪魔は罵声を吐き捨てる様に叫びながら襲い掛かってきた。
 いや、やはりこちらが本性だったのだろう。
 策も無く闇雲に突っ込んできた為、あっさりとラハールに避けられ、足を引っ掛けられて転ばされた。
「ぐっ……このっ……ぶち殺してやる!!」
 がばぁっ、と起き上がり、怒りに顔を赤く染め上げ吠える。
 ラハールにやられた悪魔の物だろう、地面に突き刺さっていた剣を手にしてまた突っ込んでこようとする。
 が、
「ここまでが精々か…。まぁ、よくやった方だよね」
 声が聞こえると同時。
「がっ……!?」
 悪魔がびくんっ、と身体を震わせ、白目を剥く。
 剣を取り落とし、そのまま前へと倒れた悪魔のその背後には、また別の悪魔の姿。
 今の声の主であり、丘の上で高みの見物をしていたあの影だ。
 長身だがヒョロ長い胴体と、血色の悪い顔。
 着崩したシャツに黒いスーツとマントを纏った悪魔だ。
 どこかたった今昏倒させられた悪魔に似ていた。
「誰だ?貴様は」
「お初にお目に掛かります、魔王様」
 ラハールの問いに、恭しく礼をする。
 その声に含まれる嘲笑めいた響きが気に入らず、ラハールは眉根を寄せた。
「まぁ、魔界の王になりたいと願うただの一悪魔ですよ」
 へらりと笑う。
「ふん、こいつらを煽って、オレ様を亡き者にしようとでもしたのか?当てが外れて残念だったな」
「時間稼ぎの為に使ってやっただけですよ。まぁ、こんな脆弱な間抜け共が俺の役に立つ道具として使われたんだ。光栄な事でしょう」
 酷薄に笑いながら、悪魔は言う。
 口調は軽いが、その内容は実に酷い。
「……っ、貴、様っ……!!」
 倒れ伏していた悪魔が、怒気と殺気をこめた声を絞り出す。
「あれ、まだ生きてたのか、兄貴」
 些か驚いた様に発せられたその台詞に、ラハールが反応した。
「貴様等、兄弟か」
「だから何です?兄弟愛がどーの、とか言い出すんで?お妃様の様に?」
 にやにやと、へらへらと。
 挑発する様に放たれた言葉に、
「オレ様は、あいつ程お気楽ではない。…だが貴様、よく知っている様ではないか。何だ?フロンのストーカーか?」
「まさかぁ。お妃様に興味はありませんよ。……俺は、ね」
 にぃ、と不気味に笑う悪魔に、何事かを悟ったのか。
「……成程な。オレ様を誘き出し、フロンを狙うか」
 ラハールの瞳が細められた。
 時間稼ぎと、この悪魔は言った。
 ならば、そういう事なのだろう。
「やられたな」
 嘆息する。
 だが、そこに焦りの色は無い。
 口元は歪み、弧を描く。
「………余裕だね?」
「そう見えるか?…ああ、そうだ」
 訝しげに眉を顰める悪魔に、ラハールは何かを思いついた様に、わざとらしく声を上げ、
「貴様は知っているか?」
 次いで、愉しそうに笑いながら問い掛ける。
 その笑みに不吉なものを感じ、構える悪魔。だがラハールはそんな悪魔の挙動に見向きもしない。
「フロンは弱い。戦力にはならんし、己の身を守るのも満足にできるかどうか、といった所だ」
 やれやれ、と溜息を吐き、己の妻をまるで戦力外だ、と言い切った。
 困惑する悪魔に構わず、ラハールは続ける。
「それならば夫であるオレ様が守ってやるしかあるまい?そういう訳で、フロンには保険を掛けてある」
「………保険、だと?」
 倒れ伏したままの悪魔もラハールの言動に意識を移し、思わずその単語を復唱した。
「ある意味、呪いかもしれんがな」
 くくく、と、実に楽しそうに、愉しそうに笑い。
「邪な想いを持つ者が、フロンに触れ様とするとな、」
 その台詞を言うが早いか。
「業火に焼かれる事になる」
 ラハールの遥か後方で、轟音と共に火柱が上がった。



「あれって、まさか…!?」
 一方、城内。
 姿の見えないフロンと怪しいプリニーの情報に慌しくなっていた最中。
 突如上がった火柱に気付き、エトナが駆け出す。
「来な!!プリニー隊!!」
 その命令にプリニー達がわらわらと集まり、
「何事っスか!?」
「あれって、例のアレじゃないっスかねー?」
「オレ、初めて見るっスー」
「てめーら真面目にやれや!!」
 わいのわいのと勝手に喋って、エトナに一喝されていた。



 呆然と、遠くに火柱を見る悪魔達の耳に、声が届いた。
「因みに、フロンは魔界と天界を繋ぐ使者としての立場もある」
 実に、実に愉しそうに。
「それを任命した天界のトップである大天使は、フロンを溺愛している所があってな。保険を掛けるにあたって、施す術には邪な者を判別する能力が必要で、それは天使共の専門な訳なのだが…」
 嗤いながら、ラハールは続ける。
「オレ様の提案に、笑顔で乗ってくれたぞ?」
 しかもノリノリでな、と苦笑。
 更に言えば、バイアスの力も加わっていたりする。
 それは主にラハールの力を使って発現する業火を制御する為に使われているのだが。
 結局の所、現魔王と、大天使と、先代魔王の力がフロンを守っている訳である。
 …過保護すぎる気もしないではないが、立場的にそれも仕方ないのだろう。
 暫しの沈黙。静寂。無言の後。
 悪魔はぎぎぎぃっ、と、ぎこちない動きでラハールに顔を向けた。
「………あ、あのですね………魔王様?」
 媚びへつらった笑顔で、悪魔が何事か言おうとする。が、