比翼連理 〜外伝〜
3.ハーデス 〜決意〜
「......まぁ、お珍しい」
「ほんに。随分久方ぶりにご尊顔を拝見いたしましてよ。相変わらず闇夜の月光を受けた湖の如くの美しさですわね」
「ええ......でも、とても御恐い方よ」
「そうそう。そういえば......」
ヒソヒソと噂話に惚ける妖精や傅く下級の神々に目もくれず、目的の場所に続く神道を闊歩する。相変わらず、無意味なほどの陽気に包まれた場所だと思いながら、空から降り注ぐ光に目を細めた。
ふと視線を向けた先に溢れる光に包まれた中庭を見た。その中心で一神が白い倒木にゆったりと腰をかけながら、緩やかに波打つ黄金の髪を弄りつつ、深い溜息をついている姿を見かけた。
驚かさないように静かな声音で声をかける。
「―――姉上」
すっと芽吹いた緑の瞳が差し向けられた。
「......ハーデスか。久方ぶりじゃの」
一瞬戸惑ったような表情をしながらも、小さな微笑を浮かべてスッと手が伸ばされる。伸ばされた白くなめらかな絹肌の手をとり、くちづける。
「姉上を悲しませて......申し訳ございませぬ。大地もさぞかし姉上を悲しませる私を怨んでいることでしょう」
瞳を伏せるとやんわりと大地の女神は笑みを浮かべた。
「そうじゃな...ハーデス。もう悲しまぬと決めたのに。どうにも心が晴れぬ。そなたが此処に来るとは......神々の王に呼ばれたか?」
瞳を伏せると、「そうか」と小さく呟いた。
「―――あの子はどうしておる?」
尋ねられて、一瞬言葉に詰まる。
「......いまだ閉じこもっておるのかや?」
目を伏せ小さく頷く。
「そうか......当初はそなたのことを怨みもしたし、今もあの子が冥界におるのだと思うと心も曇るが......強きおまえが傍にいて、不可侵の冥界にあれば......あの子が争いに巻き込まれることもないであろうと、妾も孤独に耐えておる」
すっと立ち上がり、静かにハーデスを抱き締める。
「姉上......」
「ハーデス。我が弟よ。どうか、あの子を守って欲しい。ティターンに奪われぬように。そのためにはおまえが『支配』するしかない。神々の王もまた、おまえに命じるだろう。おまえの気持ちを踏み躙るとわかっていても。そして妾も、あの子が争いに巻き込まれぬことを望む。おまえには残酷な願いだとわかっていても。どうか、ハーデス」
「―――あなたの御子を支配するように唆したのは......アテナ?」
湧き上がってくる怒りを抑えながら、静かに問う。そうまでして手に入れたいというのか、地上が。
フッと皮肉めいた笑みを浮かべる。
「もう、すでにあなたの見えぬところで醜い争いは始まっている。しかし、あなたが望むというのであれば、ペルセフォネが私に刃を向けたとき、『支配』しましょう。でも、もしも......万一にでも想いが届いた時には私は『支配』をいたしませぬ」
「ハーデス」
「......失礼します」
すっと離れ光の庭園をハーデスは後にした。