比翼連理 〜外伝〜
2.プロメテウス 〜想望〜
もうすぐ、破壊者が私の元に訪れる。
時は満ちていく。
天と地の狭間にありて
揺るぎ無き世界を齎す者よ。
この腐り崩れ堕ちた世界を破壊し
すべてを無に帰する者よ
新たな世界を創る者よ
訪れたまえ
我が元に。
「......まどろんでいたか」
一瞬、夢の彼方で自らの未来が視えた気がした。もう、それは霧の彼方へと消え去ってしまったが。周囲は暗闇が覆ったままだ。
ひと時の安らぎの時間。だが、もうすぐ夜明けが訪れる。
―――再びの責苦が与えられるのか。
なぜ、不死の力を受け継いでしまったのだろう。
「その時、必要だと感じたから」
このような責苦にあうならば、不死の力など得なかった。
「私は他者の先見はできても己の先見はできぬらしい......」
くっくと低く哂う。
「......愚かなこと限りない。哀れなものだな」
己を嘲笑いつつも、だが、あの男に屈することは己の矜持が許さなかった。
―――人間を守りたかった。
未来ある彼らをゼウスごときに支配させることなど、許すことができなかった。たとえ己に過酷な運命が訪れると知っていたとしても、きっと。
ああ、夜が明ける......。
大鷲たちの啼き声が響く。
「......ふ」
いっそ狂うことができれば、どれほど幸せだろう。苦痛を苦痛とも思えぬほどに、狂ってしまうことができれば。
どれほどの時が流れ、過ぎていったのか......もはや判らぬほど経過した。時折訪れる神々の侮蔑を込めた好奇の眼差しに耐えるのも疲れた。
人間を愛したことはそれほど罪深いことなのだろうか?
それほど許されぬことなのだろうか?
幾度となく自らに問うたことをまた反芻する。人間ではなく、神を愛することができれば幸せだったのかもしれない。でも私は人間を愛した。
愛しい人間たちよ。
おまえたちに与えられる責苦は私が受けよう。
曙光と共に訪れる絶え間なく続く痛みを、甘んじて受けよう。
闇を払う美しき曙光。
その光を真っ直ぐに見つめよう。
恐れる事無く、立ち向かおう。
その輝ける光を我が身に降らせるがいい。
私は決して、屈したりはしない。
―――眩しいばかりの光。
今日は殊更に美しく輝いている。大地を照らし、未来を導くかのように。
「......鳥?」
まるで光を先導するかのように輝く鳥が向かってくる。不死鳥のようにまばゆい輝きを放ち、曙光の光を纏った鳥がふうわりとすぐ近くの大きな岩に舞い降りたのだ。
きらきらと美しく輝く羽毛が軽やかに風に舞っていた。蒼い天空を閉じ込めたような瞳がじっと私を見つめていた。
「......美しき鳥よ。ここはおまえには相応しくない場所だ。さぁ、去るがよい。大鷲に捕らわれるぞ」
静かに諭す。くいっと鳥は不思議そうに首を少し傾ける。
「ここは―――血の海となる......おまえまで穢れてしまうだろう。それは忍びないことだ。さぁ、行け!」
鳥は再び少し首を傾けた後、ばさりと輝く翼を優雅に広げ、光を零しながら大空へと舞い上がった。
自由に舞う鳥の美しきことよ......。
その姿を瞳に焼き付ける。きっと、もう二度とここに訪れる事もないであろう、その美しき鳥の姿を。
我が身を苛む痛みが晴れた時、再びの夜明けが訪れた。
すると、不思議なことに、また、あの輝く鳥が先日舞い降りたところと同じ場所で羽を休めたのだ。
―――次の日も。
―――また次の日も。
静かな蒼い瞳で私を見つめる輝く鳥は、いつも曙光と共に訪れ、同じ場所に舞い降りた。
名もなき鳥に私は「曙光」と名づけた。ほんのひと時ではあったが、話しかける相手を得られたことが嬉しかった。たとえそれが、物言わぬ鳥であっても。
気まぐれに舞い降りた来訪者に様々なことを語った。
兄弟の話、オリュンポスの話、神々の争い......なぜこのような仕打ちにあっているのか、なぜ人間を創り、愛しむのか......。
きっと、物言わぬ鳥だからこそ、己の心のうちをすべて見せることができたのであろう。
「曙光」は透明な瞳で静かに己の言葉を聞いていた。まるで私の言葉を理解しているかのように。私はただそれだけで、幸福だった。
ある時、「曙光」は嘴に花を挟んできてくれた。
地上ではきっとさまざまな花が咲き乱れているのだろう。人間たちは花々に埋もれ、幸福なる時を過ごしているのだろうか?そう思い、静かに涙を流した。
「曙光」はそっと巌に繋がれた私をいたわるように、慰めるように、身体を摺り寄せた。その柔らかな羽毛が触れた肌からは温かな「曙光」の心が流れてきた。
孤独を癒す輝ける鳥の存在は、いつしか私の心の支えとなっていた。