比翼連理 〜外伝〜
冥き黎明
深い眠りについた冥府の王。
その御姿を最後に見たのはいつだったか。
ヒュプノスの施す悠久の眠りは王の悲しみを癒しているのだろうか。
いや、あいつは癒すような眠りなど王に与えてはいない。
それゆえ、時折悪夢から目覚めてはその魂の飢えを満たすために我らに命じるのだ。
―――憑代を準備しろ。
冥王のために最高の憑代を探す。
美しく穢れなき魂を持つ人間を。
優しい闇色に染まる真っ白で純真無垢な魂を。
類稀なる逸材を探すのは容易なことではない。
瓦礫の山から小さな宝石を見つけ出すのと等しいのだから。
それでも、見つけた瞬間の悦びは喩えようのないものだ。
ようやく見つけた宝石は我らを恐れることも多かったが、今、目の前にいる少年は真っ直ぐに恐れる事無く我らを見つめていた。
まっすぐに向けられた眼差しは少年の年齢からは不似合いなほど、静かで美しいものだった。
「......突如現れた我らを恐ろしいとは思わぬのか?」
ヒュプノスが目を細め、少年に詰問する。少年は微笑を浮かべ、柔らかそうな栗毛をふわりと横に振った。絢爛豪華に飾られた寝台から、するりと滑るように降りて最高級の陶磁器のような白い手を伸ばす。
「いつかきっと、迎えに来てくれると思っていたから」
月光の中で淡く光る優しげな瞳。それは憂いを含んだ涼しげな冥王の瞳にもよく似ていた。
「僕が消えればきっとみんな幸せになる。もう誰も争わなくて済むから」
儚い笑顔の奥底に秘められた悲しみ。どれだけの死をこの少年は見つめてきたのだろうか。
繰り返される覇権争い、欺瞞に満ちた世界にあって、なぜこの少年はその心を穢されることなく成長できたのだろうかと不思議にも思った。
だが、それはタナトスにとってはどうでもよいことだ。
きっとこの少年は歴代最高の憑代となるだろう、ただそれだけが嬉しいと思う。
「さぁ......参りましょう。美しき世界を創るために」
少年の首にそっとペンダントをかける。胸元に光り輝くペンダントから、美しい闇の意識が現われ出でる。清らかなる闇の意識に傅いて伸ばされた白い手を取り、憂愁の影さす面を見つめる。
「......穢れし地上に光は不要。闇で満たし、浄化せよ」
下される命にタナトスは心震わす。
――――冥き黎明の幕開け。
その時刻(とき)が永遠である必要はない。ほんの瞬きほどの刹那でいい。
刹那の間、地上に安らかなる死を与えることができれば.........それでいい。
Fin.