比翼連理 〜外伝〜
YOURS EVER
アテナの黄金聖闘士は主なき花園の囁きに耳を傾けている。
ニュサの花々たちは一体あの男に何を語っているのか。
蒼き光が満ちた場所にある椅子へと腰を下ろす。
波のように静かに蒼い光が揺れる空間。
―――幾度この場に訪れたことだろうか。
すっと手を翳し、光を凝縮させる。
現れたのは金色に輝く五芒星形のペンダント。
そっと遠い過去に己が刻んだ文字を撫でると小さく呟いた。
「YOURS EVER―――」
過去の記憶に心を馳せた。
【 YOURS EVER −veil of darkness − 】
1. ハーデス 〜想い〜
頑なに閉ざされた心。
捕らわれた鳥は自由な空を夢見ているのだろうか。
―――たった一度でいい、あの微笑が見たい。
小さな願いを込めて、閉ざされた扉の前に立つ。エリシオンの野でしか咲かぬ花を今日もまた贈る。
スッと片膝をつき、扉の前に花を置いた。すでに枯れてしまった花を抓み上げると、ゆっくりと立ち上がり、もう一度、開くことのない扉を見た後......その場を離れる。
双子神たちは今日もまた、エリシオンの野にて美しく咲く花を摘む我の姿をみて嘆いた。
「我らと同じく、支配なされば宜しいでしょうに。たかが一神。微小な力しか持たぬ者。我が君なれば、簡単に篭絡できましょうに。冥府の王たるあなたが光に囚われるとは......我等の嘆きはタルタロスまで届きましょうぞ」
「......好きなだけ嘆くが良い」
ゼピュロスの優しい風を受けて、頬にかかる黒髪をかき上げる。
風は手折った花が枯れてしまう運命にあることを知っているのだろうか。優しく花弁を揺らして通り過ぎていった。
幾月日が過ぎ去ったのか。
いつもと同じように己の気配を絶ちながら白亜の神殿のある丘に静かに舞い降りる。ともに冥府の闇へと導いたニュサの花園は主の嘆きを感じ取っているのか、花開くこともなく沈黙したままだ。
沈黙の扉の前に立つ。
それは厳粛な祈りにも似て。膝を折り、花を手向けようとした手を止める。
―――花がない。
心の底に仄かな温もりを感じた。閉ざされた扉を目を細めながら見つめる。
そっと扉を撫でる。
扉は開かない。
長い睫毛を伏せて、こつりと額を扉に押し当てたのち、刹那の間を過ごす。
心の奥の叫びを伝える言葉が浮かばず、苦しげに開いた口唇からは言葉を紡ぐことができなかった。もう一度、顔を上げて扉を見ると静かにその場を後にした。