食満、教師になる
留三郎は担任教師に言われたことに驚いた。実習に行かなくていいのだという。6年生全員参加の実地の訓練のはずなのだが。
驚いたとは言うが、実はこういうことは今までに何回かあった。伊作の不運の面倒を見て集合場所に行けなかったり、遅れて到着したり。その度に先生たちは伊作に対してはまたか、と呆れ果てた視線を寄こすのだが、留三郎に関しては巻き込まれたのかと大目に見てくれる。結果として、実習免除プラス成績に特に影響なしということが結構あったのだ。訓練に参加できないのは残念だったけどラッキーだなぁと、前向きに捉えていた。
しかし、今回はまだ伊作の不運は発揮されていない。きょとんとしている留三郎に教師はその代わりとある条件を出した。
「1年は組の担任代理をしてくれないか」
「おお、留三郎」
どこかひきつった顔をしてこちらにやってくる最上級生を山田は呼びとめた。
「急にすまんな」
「いえ…ですが」
拒否しようとした彼を制止して、招き寄せる。1年は組はこれから校外遠足という名の実技らしい。今は土井が彼らを運動場に連れて行って説明しているところだという。
「あの子たちの将来が心配でな」
と、山田は切り出した。
「あたしたちと一緒にいる時でさえあんな感じだ。他の者と一緒にいる時はさらにどうなっているやらと頭が痛くなってな。それで留三郎にあの子たちの面倒を見てほしい。なに、近くであたしらも見ているから不安がることはない」
断れないように上手い具合に話す。案の定、留三郎はうぐぐと悩んでいる。これなら予定通りにいきそうだ。
「しかし、私はまだ学生の身分でありますので…何かあったらあの子たちのご家族に申し訳が立ちません。それに、あの子たちなら大丈夫ですよ。素晴らしい忍者になります」
留三郎らしい言葉に満足して山田は首を横に振った。
「おまえさんなら大丈夫だ。ほら、子どもたちも待っている」
運動場では土井がちょうど子どもたちに説明をしようとしているところだった。
「今から校外遠足を行う。道中罠も仕掛けてあるから心してかかるように。それと今回の実技は私も山田先生も急用で一緒についていけない。よって、代理を6年生に頼んだ」
ええーっというどよめきが1年生の間で起こる。
「うわー、潮江先輩だったらどうしよう…」
「遠足じゃなくて鍛錬になるよね」
「匍匐前進して行くことになるんじゃない?」
うんざりというように団蔵が顔をしかめる。
「七松先輩だったら目的地まで何往復することになるんだろう…」
「げぇ…」
金吾はすでにげっそりとしている。彼の常日頃の苦労が窺える。
「立花先輩かなぁ?」
「中在家先輩だったりして」
「伊作先輩だったら…」
「僕たち無事に帰れるのかなぁ?」
「安心しろ。代理は留三郎に頼んだ」
「「「「「よかった~」」」」」
全員の心からの安堵の声に土井は苦笑いした。だがしかし、先ほどの発言は伊作に失礼すぎないだろうか。
は組のよい子たちにここまで言われて拒否できる留三郎ではなかった。
「あー…、先ほど土井先生から説明があったように、今回担任代理となる食満留三郎だ。担任代理をするのは初めてで、何かと迷惑かけるかもしれないがよろしく頼むな」
かくして、は組の実技もとい留三郎の教師適正資格抜き打ちテストは始まったのだ。
「しんべヱ大丈夫?」
「僕、崖から落ちるかと思ったぁ」
「でも、無事でよかったね」
「うん。庄左ヱ門ありがとー」
「僕は何も」
「しんべヱが怪我せずに済んだのは庄左ヱ門の策のおかげだな。俺からもありがとう。さすが学級委員長だな」
生真面目な学級委員長の頭を撫でてしゃがんで目線を合わせた。庄左ヱ門の頬がポッと赤くなった。
「留三郎せんせーい。俺はどうでしたかー?」
「そうだな。団蔵の決断力はすごいな」
「へへっ」
「けど、竹を使うように言ったのは僕です」
「兵太夫のひらめきは目を見張るものがある」
「えへ」
自身にまとわりつく子どもたちの頭を撫でて、留三郎は声を張り上げた。
「さぁて。目的の寺までもう少しだ。は組の力を見せよう」
「「「「「おおーっ」」」」」
程なくして目的地へ無事辿り着いた。
さて、留三郎はは組担任教師にいいように言いくるめられて、教科も見ることになった。ここまでくれば乗りかかった船である。
「…ということになる。この原理はわかるか?」
「はい!」
三治郎が元気よく頷いた。
「この前授業でやりましたー」
「三治郎はすごいな。真面目に授業に取り組んで偉いぞ」
褒められて隣の兵太夫と嬉しそうにニコニコしている。授業を真面目に聞くのは当然のことではあるが。
「こら、しんべヱ。どこを見てるんだ?」
よだれを垂らしながら外を見ていたので注意される。昼食の匂いにつられたらしい。
「先生、お腹空きましたぁ」
「そうだな。でも、授業が終わったらお昼だ。一生懸命した後はご飯がいつもよりずっとおいしくなるぞ」
「本当ですかぁ?」
「ああ」
「しんべヱ、頑張ろうぜ」
「あとちょっとだよ」
「うん」
「それでこそ俺の見込んだしんべヱだ。きり丸の気配りは天才アルバイターなだけあるな。乱太郎もさすが保健委員だな。伊作が喜ぶぞ」
しんべヱがお昼前に授業に集中するなど快挙である。どこかですすり泣く音が聞こえる。それが聞こえたのは留三郎だけであったが。
きらりと留三郎の目が光る。シュッと真っ白のチョークが教室の後ろへと飛ぶ。うとうとと居眠りしていた金吾は慌てて避けた。見事な反射神経である。
「今のを避けれたなんて金吾すごいぞ。でも、授業はちゃんと聞こうな?」
「はい、すみません」
「喜三太、授業中にナメさんと遊んだら駄目だ。喜三太が授業をさぼっているのをナメさんも見ているぞ?今はさよならしような」
「はにゃー、ナメさんまた後でねぇ」
「虎若。一見火縄銃と無関係そうに思える内容でも、役に立つかもしれないぞ。集中しような。ここが踏ん張り時だ」
「はい!」
「伊助。これが何の術かわかるか?」
「はい。雨鳥の術です」
授業の始めに当てた時は答えられなかった問題を再度振る。今度はばっちり正解できた。
「正解。ちゃんと覚えられたな、偉いぞ。…ん、鐘が鳴ったな。実技・教科共にうまくやれてなかったかもしれないが、みんな今日は協力してくれてありがとう。さ、お昼だ」
一部始終を天井裏で見ていた担任2人。
「しんべヱがっ、喜三太がっ、授業を真面目に聞くなんて…!」
「まぁまぁ、¥土井先生」
「なんだか私よりちゃんと先生やれている気がします…」
「土井先生もよくやっていますよ」
感涙する土井に山田はやれやれとため息をついた。
「留さーん」
留三郎が食堂に行くと、友人たちは皆食事をしている最中だった。無事訓練は終わったらしい。
「早かったな」
「まぁね。そんな大変なものではなかったし」
「何を言う。何度落とし穴に落ちたおまえを助けたと思っているんだバカタレ」
伊作は相変わらず伊作だったようだ。
「留ちゃん訓練にいなかったよね?何してたの?」