食満、教師になる
「あー…俺は」
留三郎が言い淀んだその時。
「留三郎せんせーい」
「お昼一緒に食べませんかぁ?」
「いいのか?」
「どうぞどうぞ」
伊助と喜三太に手を引っ張られて、は組のよい子たちがいるテーブルへと行く。
「あーっ!留三郎先生の横は僕が座るんだから」
「俺も隣がいい!」
「兵太夫が右、団蔵が左に座ればいいだろ。…僕も座りたかったけど」
「じゃあ、俺正面に座ろっかな」
「土井先生練り物食べれないんですよ?」
「だから、きり丸がいつも食べるんです」
「だって、もったいないだろー?」
「きり丸は偉いな」
「僕も食べれますよ!」
「私だって」
「うんうん。さぁ、ご飯を食べよう。いただきます」
「「「「「いただきます!」」」」」
どこの幼稚園だというような和気あいあいとした食事風景である。留三郎の右側の席を勝ち取った兵太夫が、彼の袖をぐいぐいと引いた。
「留三郎先生」
「ん?」
授業が終わったのに関わらず“先生”呼びしてくる下級生を可愛らしく思いながら見やると、はきはきとした声で尋ねてきた。
「からくりはお好きですか?」
「ん?好きだよ。そういえば、兵太夫と三治郎はからくりの名人だったな」
自慢のからくりを褒められて2人は得意げだ。
「先生は用具委員長で手先も器用だってしんべヱや喜三太が言ってました。からくりは作らないんですか?」
「いや、作ってるよ」
作らない、そんな答えが返ってくるかと思った。だが、結果は反してイエス。これには聞き耳を立てていた1のはだけでなく、6年生たちも驚いた。
「そうなんですか?」
「ああ。面白いよな。でも、俺の場合は作るだけ作ってそのままだからなぁ。だから、誰も知らないんじゃないか?」
これは1年生に、というより彼の同級生へ向けた言葉である。
「えーっ。どう作動したとか、誰が落ちたかとか気にならないんですか?」
「誰かがひっかかったら危ないと思うし…大体伊作か保健委員がひっかかるだろうしなぁ。作るだけで満足するんだ、俺の場合」
いつも同級生や保健委員をひっかけさせまくっている兵太夫と三治郎からすれば信じられないことである。
「えーと、先生。ちなみに、その作ったからくりってどれくらいあるんですか?」
「んー…どれくらいかな。1年の時からずっと作ってあるからちょっと数はわからないな」
「それを訓練とかで活かせばいいのにぃ」
「あはは。そうかもな。でも、あくまで趣味だから」
「あ、もしかして地下にも作ってますか?よくわからないしかけがあったから放置してたんですけど…」
「ああ、やっぱり地下のあれはおまえたちのだったのか。よく出来てるなぁと思ってたんだよ。地下に入る時にいくつか作動させてしまったから戻したけど、大丈夫だったか?地下に作ったからくりとかもらった物とかを置かせてもらってるんだ」
「えー!全然わかりませんでした。兵ちゃん」
「わかってるよ、三ちゃん。先生!僕たちのからくりの先生になってください」
「え?」
ええーっというすさまじい悲鳴が近辺で起こる。主に、被害者になっている乱太郎や団蔵、金吾からだ。
「もっと上手くなりたいんですー」
「お願いしますー」
「別に構わないが」
今度はひぃという悲鳴が上がる。
「せせせせせんせいっ」
「どうした?団蔵」
「兵太夫たちの先生になったら困ります!俺の先生になってください」
「何言ってるの団蔵」
「だって、そのからくりでひっかけようと思ってるの俺だろ!?」
「団蔵が勝手にひっかかってるんだよ」
言い争いをし出す2人に周りの1年生はあーあというような呆れた顔をする。当事者の内の1人であるはずの三治郎はニコニコしているが。
「団蔵。強くなりたいのであれば、先輩に教えてもらうのが1番手っ取り早い。だが、あまり年が離れてない方がいい。といっても1個上ではなく…そうだな。3年生か4年生ぐらいの先輩がいいな。左門や三木ヱ門に相談するといい」
基本1つしか年が離れてないと諍いが起こりやすい。留三郎はそうではないが、文次郎・仙蔵と5年生(特に三郎)は仲が良くなかった。
「えー、そうなんですか?」
「強くなりたい内容にもよるが、例えば虎若。もしおまえが火縄銃を上手く打てるようになりたければ三木ヱ門がいい教師となる。でも、そうでなくどうしたら理想の筋肉がつくとか、効率的な勉強の仕方のこととか、そう言った内容であれば三木ヱ門ももちろんいい先生となるだろうが、他の3年生や4年生もよい指導をしてくれるだろう。滝夜叉丸はあれでかなり面倒見がいいからな。喜八郎だって1年生のおまえたちを嫌うことはないさ」
「けど、先生」
納得している虎若の横で、庄左ヱ門が礼儀正しく手を上げて尋ねる。
「5年生や6年生の先輩方に質問した方がすんなりいくような気がするのですが」
「そうかもな。けど、まずは3年生や4年生の先輩が困るような質問をしてみるといい。その為にはまず自分がきちんと理解していないといけないから難しいぞ?そうした上でわからなかった質問を投げかけて、あの子たちがちゃんと答えられたらさすがだな、ということにもなるし、答えられなかったら答えられなかったでそれでもいい」
「いいんですか?」
「ああ。それで放置するはずがないからな。今度はあの子たちが5年生や6年生に質問するだろうよ。そして、それをおまえたちに教える。そうしたらどうだ?お互いに知識が深まっていくだろう?」
「なるほど」
「だから、兵太夫や三治郎の言う、からくりについてだったら作兵衛がいい先生になってくれるかもな」
留三郎は自他共に認める後輩好きである。今の会話の中でも3、4年をべたべたに褒めている。現に、実は食堂にいた滝夜叉丸や三木ヱ門は頬を真っ赤にして照れている。いつもはポーカーフェイスな喜八郎もどことなく嬉しそうだ。
「留三郎せーんぱい!なんか楽しそうなことしてますね」
「三郎」
「ところで先輩、何で“先生”って呼ばれてるんです?」
面白いことの匂いを嗅ぎつけてやってきた三郎。そんな彼の後ろを雷蔵たち5年生が戦々恐々といった体で見ていた。
「ああ、さっきこの子たちの授業をみていたんだ。もう授業終わったから先生って呼ばなくていいんだよ」
「えっ、1年は組の?」
「みんないい子だったから、上手く出来たよ。ありがとな」
そう言った途端に、11人が一斉にわっと話し出す。誰が何と言ったか全く分からない。
「あー…ごめんな。俺は土井先生みたいに素晴らしい先生じゃないから、一度に言われると何と言ったのかわからないんだ。えーと、じゃあ団蔵から時計回りに言ってくれ」
「先輩、先輩。そういう問題じゃないです。あと土井先生は異常なんですよ」
困ったように頬をかきながら苦笑する先輩の肩を叩く。留三郎はしっかりしていて、問題児ばかりと言われる6年の中でも常識人だが、は組クォリティなのか天然だった。ちなみに、今の三郎の発言を土井はしっかりと耳にしており、彼は放課後呼び出されることとなる。教師に向かって異常とはなんだ!
「留三郎先生…あ、先輩は乗馬好きですか?」
「好きだよ。昔からよく乗っていたしな」