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さよならセンチメンタル

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*****


この春から、二人は違う学校に通っている。佐伯の家は六角中の学区でもやや端の方にあり、彼の進学した高校の方が黒羽の高校よりもいくらか近い。黒羽自身、家から近いというだけで今の高校を選んだようなものなので、佐伯に志望校を聞かされたときも、何となく理由を訊ねそびれてしまった。家が近いから、という答えが返ってきたら黒羽は納得せざるを得ないし、おそらく佐伯もその答えしか用意していないだろうと想像がついたからだ。
ただ、正直なところを言えば、佐伯が違う高校を選んだのは他にもいくつか理由がありそうだ、と黒羽は思っている。黒羽の通う高校は、六角中の卒業生が特に多く進学する。もちろん元六角中テニス部員も多いため、県内でも上位に食い込む強豪だ。黒羽も、すでにテニス部に入部届を出している。
一方で、佐伯の通う高校のテニス部はさほど強くない。佐伯からは、高校ではテニスではなく、他の運動部にしようかと思っている、と聞かされており、その辺りが何か関係があるのではないか、と黒羽は考えていた。

(まあ、今さら何を言ってもしかたないけどな)

学校も違うし、部活も違う。行き帰りの道も全く方向が違うので、普通に日々を過ごす限りでは、顔を合わせる機会は皆無だ。こうしてわざわざ部活のない放課後に約束を取り付けておかなければ、二人きりになることもできない。
不便だな、とは思うけれど、どうにもならないことでもない。所詮は自転車ですぐ会いに行ける距離だ。世間一般の恋人たちは、多かれ少なかれこの程度のことは乗り越えているもので、つまるところ、今までが恵まれ過ぎていた。そう考えれば、大して不満も生まれてこなくなる。
通された佐伯の部屋は、相変わらずきちんと片づいていた。部屋の隅に荷物を置くなり、すぐに飲み物を取ってくると言って部屋を出て行こうとした佐伯に、黒羽はすかさずその手首を掴んで引きとめた。

「いいよ、飲み物なんて。さっき店でコーラ飲んだばっかだし」

佐伯の瞳はわずかに動揺を映したけれど、すぐにいつも通りの笑みを浮かべた。

「じゃあ、俺の分だけ取ってくる。すぐに戻るよ」
「そんなのどうでもいいから、さっさとここに来て座れって」
「あのなあ、どうでもいいって―――――」

佐伯が何か文句を言おうとしていたけれど、
黒羽は最後まで聞かずに掴んだ手首を出し抜けに引っ張った。半ば尻もちをつくような格好でそのまま自分の隣に座らせると、再び不満が飛び出す前に、両腕でぎゅっと抱きしめてしまった。とっさの出来事に佐伯も呆気に取られたのだろう。しばらくの間、抱きしめられるまま大人しくなっていたけれど、やがて何かを諦めるようなため息のあと、わずかに応えるように、黒羽の背に控えめに腕が回された。
抱きしめ返す、と言うにはやや迷いのある手に黒羽がくすりと笑えば、それを察した佐伯が抗議を込めて、ドンと背中を叩き返してきた。黒羽は佐伯の頭を自分の肩口に押し付けるようにして抱きしめ、そのやわらかな髪にキスを落とした。

「時間が少ないとさ、有効活用しなきゃ、て思うようになるよな」
「これが有効活用?」
「他人の目がないときじゃないとできないことって、こういうことじゃね?」
「………まあ、否定しないけど、情緒はないな」
「しょうがねえじゃん、全然足んねーんだもん。けど、こうやって顔合わせて触ると違うのな。すげーホッとする。やっぱ直接会うの、大切だわ」

毎日顔を合わせるのが当たり前だったころは、改めてこんな風に感じる自分を想像したことはなかった。
電話で声は聞けても、感触も体温も匂いも、この距離でなければ確かめることはできない。自分の腕の中にすっぽりとおさまっている存在にわけもなく安心するのは、自分でも気づかぬうちに不安を抱いているということなのだろうか。

(不安?何の?)

自問するけれど、答えは浮かばない。答えが浮かばないということは、まだ今はそのときでないということなのだろうと、黒羽はあっさりその思考を捨てる。
かわりに、抱きしめていた佐伯の頬に掌を重ねて、顔を上向かせる。どこかぼんやりしていた佐伯が、その次の動作に気づいたのか、ハッとしたように息を飲み、反射的に黒羽の片を押し返した。思いがけないタイミングで拒まれて、少し目を瞠った黒羽は、何やら困惑した様子の佐伯に上目遣いで訊ねた。

「なに。ダメなの?」

拒まれたと行っても、佐伯はまだ黒羽の腕の中にいる。いつでもキスできる距離なのは変わらない。それでも佐伯は自分をじっと見つめる黒羽の視線から逃れるように目を伏せた。髪と同じ淡い色合いの長い睫毛が、ほんのりと色づいた目許に震える影を落とす。

「………いや、ダメってわけじゃないけど」
「ならいいじゃん。もうちょっとひっついてたい気分なんだよ」
「ひっつくって………、ちょ、待てって、おい」

これ以上の問答は無意味だと判断し、黒羽は佐伯の台詞を遮るように、シャツからのぞく白い首筋に唇を落とした。びく、と肩を震わせた佐伯は、途端に無口になり、片を押し返していた手も、今は黒羽のシャツをぎゅっと握りしめていた。再び頬に手を添えて顔を上向かせると、一瞬だけ熱を帯びた視線がこちらを捉え、すぐに目蓋が閉ざされた。

(おかしなヤツだな)

啄ばむようなキスを何度か繰り返しながら、黒羽はそんなことを思う。
好きな相手に触れたいと思うのは当たり前だし、久しぶりに部屋で二人きりのこの状況で、少しくらいいちゃついておこうと考えるのも自然なことだろう。それなのに、佐伯は何か気がかりなことでもあるのか、どこか躊躇う素振りを見せる。気が乗らないだけのようにも見えるが、イヤだとは決して言わないことを、黒羽はここ数度の反応から理解していた。
テレや恥じらいとも少し違う。どうせ何か余計なことを考えているのだろうと想像はつくのだが、この男の思考回路は、黒羽には少々ややこしくできており、自力で読み解くことは難しい。本人を問い詰めたところで素直に答えを貰えないこともわかっているので、不可解だと思いながらも追及はしていない。

(俺に惚れてるくせに)

改めて言葉にして確かめたわけではないけれど、黒羽はその事実を知っている。付き合い始めたきっかけのとき以来、言葉や態度にそれらしい記号などどこにもない。それでも黒羽には見ていればわかるし、こうして触れたときの感触でもわかる。理由を問われても困るのだが、そう思うのだからしかたない。そして、黒羽は自分のその直感をわずかも疑っていなかった。
そうでなければ、こいつは本当に俺のことが好きなんだろうか、という疑問を抱いたとしても不思議ではない。それほど、佐伯の反応はぎこちなく、よそよそしかった。

(もしかして、俺ががっつきすぎてるとか?)

自分でもまったくそんなつもりはないのだが、他と比べられるほど、経験豊富なわけでもないので、何とも言えない。

「サエはさあ、もしかして俺が怖いのか?」

試しに問いかけてみたら、佐伯の表情に一瞬、ほんのわずかに動揺のようなものが過ったのがわかった。しかしそれはすぐにかき消え、彼はまるで何事もなかったかのように微笑んで小首を傾げた。

「何を言ってるのかわからないけど」
作品名:さよならセンチメンタル 作家名:あらた