比翼連理 〜 緋天滄溟 〜
13. 伝言
―――天を目指すかのように噴き上がり、零れ落ちる泉の滴が奏でる和音。
静寂にありながら、温かな空気に満たされた場所。濃い緑の香り、可憐に咲く花々の香りがひどく優しかった。
「これはまた……妙なところに出てきてしまったようですね」
ぐるりと周囲を見渡しながら、フカフカの絨毯の上を歩くように柔らかな感触を伝える庭園を歩み進んでいく。
『―――猶予は5分間。その間に好きなところへ逃れてごらんなさい』
ミーノスの気まぐれな提案。
与えられた5分という時間は短かったけれども、ムウはそれまでに充分すぎるほど長い間待たされていた。
―――既に目星はついていた。
充分ともいえる5分間だったことから、その気まぐれな提案を呑んだ。
目星をつけたその場所はジュデッカの最奥に位置するであろう場所。そこは神経質なほどに厳重な結界に包まれていた。それに決定的な証拠ともいえるシャカの小宇宙も感じられたのだ。ムウは迷う事無く、その一室に向かい、用心深く扉に手をかけようとした。
「―――私の邪魔をしたのはどこの誰でしょうか?姿を見せなさい」
あと数ミリでドアノブに手が触れようとしたとき、何者かの干渉を受けた。それは強引なまでに。引き剥がされるようにしてこの場所へと移動させられた不快感にムウの目は完全に据わっていた。
「隠れていても無駄ですよ。憶えているんですよね、不愉快なあなたの気配を。この美しい庭園を破壊するのは私とて気が引けます。できれば穏便に済ませたいと思っているので、早々に姿を見せるがよいでしょう」
すでに『穏便』とはかけ離れた小宇宙を漲らせながら、辺りを伺い続けるムウにどこからともなく……いや四方八方から小さなクスクスという笑い声が響き渡った。
「へぇ!憶えてくれていたとは光栄だな」
ひと時の間降った笑い声ののち、ひとつの大樹の幹からスゥッと幽鬼のように現われ出でる者があった。それほど古い記憶ではない箇所から、その者の名を想起しようとしたムウだが、ついぞ知らぬままであったことに気付く。
「やはり、あなたでしたか。未だ存在を許されているとは思いもよりませんでしたけれどね」
それでも皮肉のひとつくらい言ってやらないと気が済まなかった。
「相変わらず、言うねぇ、きみ」
呆れた様に、おどける様にして左手をヒラヒラ返しながら屈託のない笑みを返す“異質”な存在を警戒するように、ムウはきつい眼差しで射る。
「―――それに。名も知れぬ神に気安く呼び出される覚えはないのですけれども」
これは参ったとばかりに両手を大仰に上げて、冷ややかな視線を手向けた“神”を険悪な輝きを放つ瞳でムウは睨み返した。
「そういえば、僕もきみの名を知らなかったような気がする。まぁ、互いに名乗るほどの者ではないのではない……かもね?」
小馬鹿にしたようにクスクスと忍び笑いながら、ムウの前に立つ“神”という存在の者は品定めでもするかのように、陽光にも似た煌めきを放つ柔らかな髪を指に絡めながら、じっと、注意深くその白い貌に映える淡い水色の瞳でムウを見つめたのだった。
「―――何か?」
長い沈黙の間、ただじっと見つめ続けるその様子にいい加減焦れたムウが問い質すと、名も知らぬ神は含むような視線で睨めつけながら愉快そうに笑った。
「ねぇ、探し物は見つかったのかい」
まるでその探し物を知っているかのような口ぶりである。苛立ちさえムウは沸き起こった。
「残念ながら、未だ見つからず、ですよ。まるで“神隠し”にあったように、ね」
含むように言ってみせると、それこそ滑稽だとばかりに名も知らぬ神は笑い出した。
「あっははは!それはいい。実にその通りだよ」
愉快そうに笑い立てながら、近くにあった樹の幹に背凭れ、腕を胸の前で組むと再びムウを観察する神。
作品名:比翼連理 〜 緋天滄溟 〜 作家名:千珠