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比翼連理 〜 緋天滄溟 〜

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「―――太古の森はおまえを優しく抱いているのだろうな」
 さわさわと風が悪戯に吹いては緑葉の調べを奏でる。深き緑の森が守り続ける禁断の聖域にあった白い影へ静かに問いかけた。
「力強き息吹に満ちている。たとえようもなく、優しく、温かい……待ち侘びたぞ」
 木漏れ日の中、乱反射する光に包まれながら、シャカがゆっくりと振り返った。まるで、その太古の森の息吹の化身かと思うほどの力強さを漲らせながらも面にのせた微笑は優しさに満ち溢れていた。
「ハーデス、おまえが求め続けていたものが今、この身体にある」
 そっと掌を胸に押し当てたシャカは愛しくも哀しげに微笑む。
「生まれ出でた赤子のようにまっさらな……意思無き者だ。私という自我に抑えられて、泣き叫んでいる。解放して欲しいと」
 とても静かで、穏やかな海のようなシャカ。その確固たる信念の深さを物語っているようでもあった。
「―――意思無き者は純粋なる破壊者。その存在は決して許されるものではなかろう?」
「それでも、ハーデス。この者はおまえと共に永遠ともいえる時を過ごすことができるだろう。おまえの深き愛があれば……きっと違う者になれる。緋天に染めるも、滄溟に染めるもおまえ次第……」
「そしてシャカ、おまえはその輝ける命を……おまえという自我の幕をその存在をこの手で閉じよと……余に…私に言うのか?」
 シャカの微笑が白い面から徐々に消え、さらりと流れた髪によって、その表情は隠された。
「ペルセフォネという魂をおまえが望む限り」

 ―――音もなく始まった狂おしいまでの愛を叶えるために。

 余がそれを望んでいるのだと、シャカは云いたいのだろうか。
「私への思慕ではない……おまえが抱く心は。そして、おまえへの思慕もまた、けっして、私のものではない…のだよ……」
 胸に押し当てた掌をぎゅっと握り締め、俯いたシャカの表情は伺うことはできなかった。ただ、精一杯渦巻く感情の嵐に耐えているのだということは痛いほどハーデスに伝わってきた。
 激しさを増していく感情は不快な渦となって、シャカを呑みこんでいることだろう。
 呼吸さえもできないほどの荒波に胸を掻き毟られて。
「―――苦しいか?苦しいであろうな、シャカ。そなたの内に渦巻くのは余への思慕などという甘やかなものではなく、寧ろ憎しみに近いものであろう……余が求めてきたのがおまえではなく、別の者なのだと……そうおまえの心は叫んでいるのか?プロメテウスの意思、ペルセフォネの意思たちもまた同様に。そして、おまえを……おまえたちを苦しめ続けた余を滅せよと。その破壊の力でもって、完膚なきまでに余を打ち滅ぼせと囁いているのだろう」
「―――――!」


  愛しみながらも、憎む心。

  憎しみながらも、愛しむ心。


 その二つの存在(おもい)を何といえばいいのだろう。
「ならば、抗わずともよい。その憎しみを解放せよ。そして、想いのまま全力で余にぶつかってくるがいい」
 すらりと剣を鞘から抜き放ち、ハーデスは構えた。
 静かに瞳を閉じてすべての存在を確かめる。
 さわさわと緑風が吹き抜け、生命の息吹たちがシャカを取り囲んでいくのを感じる。
「我らはなんと欠けたものが多きことよ……くるがいい、シャカ。おまえの存在……想いをすべて我に示せ」
 ゆっくりとハーデスは瞳を開くと、壮絶な輝きに満ちたシャカを見た。
 シャカの閉じた双眸がゆっくりと押し上げられ、ハーデスへと不動に定められた。
「私は……私の想いの正体を知りたい。そして、ハーデス、嘘偽りなきおまえの心が……知りたい。たとえ、それがどのような残酷な結果であっても!」
 揺らぐことのないその瞳を僅かにでも揺るぎへと導こうとするかのように緑香る風が吹きつけた。


 さわっ・・・・・


 吹く風のままに黄金の穂先のように波打つ金色の髪。
 木漏れ日を受けて一層のきらめきを増し、輝いた。
「―――シャカ、おまえのすべてを、私は受け止める。そして、私のすべてを受け止めろ!」



  全身全霊をかけて、ぶつかってくる気高きこころ。
  熱き血潮が流れる、鼓動。

  情熱の焔よ
  幾年月の憎しみも、哀しみも焼き尽くし、塵と化すがいい。

  この胸に抱く想いが
  たとえ実らなくとも、
  はかりしれぬ幸福感に充たされたということを忘れはしない。

  他の誰でもない……目の前にいる存在が
  それを与えてくれたということも。

  もしも、与えられることがなければ。
  己は終止符を打つこともできぬまま、
  狂おしい愛に永遠に捉われ続けたことだろう。