私の疫病神
この酒代が消えるまでは――
一体、何度思った事やら。
妹が憧れ、信望し続けた”レイチェルの絵本”を冒険者に金を積んで集めてもらい、その才能に触れ……持つものとのあまりの大きな隔たりに嫉妬し、思わず破り捨ててしまったあの頃からか。
唯一の目標も失せ、もはや新たな標も建てることもなく、まるで油の切れた機械のように、ぎこちない生を貪り続けてきた。 ああ、そこからだったな。私が疫病神にとり憑かれたのは……。
「となり、よろしいですか?」
耳を燻る声。私にとり憑いた疫病神のものだ。
「ご勝手に」
クリムエールを飲み下しながら、私は言った。そもそも進める席などない。魔術師ギルドの前――妹が好きであった夜景が映る湖面を肴に、防波堤に腰掛けながら買い込んだ酒を煽っているだけだ。
「ありがとうございます」
にっこりと微笑んで私のすぐ横に腰を下ろすと、私の買い込んだ酒をひとつくすねてチビチビと舐めていた。
「怒らないんですか?」
飲みなれない酒にあくせくしつつ、僅かに朱が増した顔で微笑んだ。
「寿命がすこし、減るだけだ」
私はそう吐き捨てると、また酒瓶を傾けた。
また、そういう事を。
そんな声が聞こえた気がした。気のせいだろう。
酔いは深く、既に意識は外(ほか)へ向かっていた。周囲の音を置き去りにして、鈍化した思考で過去に浸る。
いまのような月の綺麗な空に、芸術の街を灯す街灯が湖面に映り込んだその光景は、まるで妖精が舞っているかのような錯覚にさえ陥った。洒落た宿屋の漏れた照明から動く人影が、街灯の妖精を追っているようで、酷く滑稽でもあった。
妹はその光景を愛し、いつも筆と紙を持ってはその光景を写していた。
その横に私は腰掛け、妹の鼻歌を耳にしながら本を読みふけっていたものだ。ああ、懐かしい。何もかもが――
その幻想は、すぐさま消え失せた。
何て事はない、ただの夢であったからだ。
――す、すみません、レントンさん……。
遠くで声がした。揺れない月を、私は仰いでいる。
……よく解らないが。どうやら私は酒が回りすぎて、倒れていたらしい。しかし、それにしては下腹部が何か重い。
――レントンさん……?
遠い声は私の名前を呼んでいるらしい。微睡んだように、漠然としか理解は出来ないが。兎も角、そうらしい。
――あの、私は……ト…さ……き……