化物語 -もう一つの物語-
003
そんな感じで戦場ヶ原と仲良くお弁当を食べて(戦場ヶ原の手作り弁当、めっちゃ美味かった)、昼休みを終えた。
そして一緒に教室へと帰り(途中で戦場ヶ原は、『お手洗いに行ってくるわ』と抜けたが)、席に座り、授業準備をしていると、
「相変わらず仲がいいね、阿良々木くんと戦場ヶ原さんは」
と、誰かが僕に声を掛けてきた。
その相手は――
「羽川……」
クラスの委員長、羽川翼だった。
成績優秀――一年の頃からずっと学年トップで、この前、全国模試でもトップだった――の優等生で、面倒見がいい。
一年の頃からずっと委員長をしていて、髪型も三つ編みで眼鏡といういかにも『委員長』って感じの姿だった――のは、約二ヶ月前までの話。
今はショートヘアにコンタクト。
前の『委員長』という姿を思い出させないほど――変わった。
いわゆる、『イメチェン』である(本人もそう言っていた)。
そして彼女は――猫に魅せられ、虎に睨まれた少女。
戦場ヶ原が蟹に行き遭ったように――羽川もまた、猫に魅せられ、虎に睨まれたのだ。
ゴールデンウィークと文化祭前日と夏休み明け。
……彼女は、豹変した。
ある『ストレス』などによって――
そんな羽川に、先日告白されたのだが……戦場ヶ原がいるため、僕はそれを振ったのだ。
……また少々思い出したくないことを思い出してしまった……。
そんな僕を見て羽川は、
「んー? どうしたの? そんな顔をして」
と、言った。
「あ……いや……別に……」
「何か思い出したくないことでも思い出したの?」
「…………」
こいつも相変わらず勘が鋭いな……。
こっちも、おちおち話せねぇ。
「そうだ、阿良々木くん。今日、大丈夫かな?」
「ん? 何が?」
「委員長と副委員長としての仕事が、放課後にあるの」
「ふうん……僕は別に大丈夫だけど……」
「そっか。ならよろしく」
「ああ」
「あ――あと……」
「ん? 何だ?」
羽川は一瞬、何かを言いかけたが、やがて、
「ううん。何でもない。ごめんね、阿良々木くん。急に聞きかけちゃって」
「いいや、いいよ。別に」
「そう? ありがとう」
用はそれだけだったんだろう――羽川はにこりと微笑み、自分の席に帰っていった。
そこへ、丁度いいタイミングで戦場ヶ原が帰ってきた。
「阿良々木くん? 羽川さま――いいえ、羽川さんと何を話していたのかしら」
「おい、戦場ヶ原。今また羽川のこと、さま付けで呼んだろ」
「は? 何を言ってるの? 言いがかりは止めて頂戴」
「とぼけるのか!? ここで!?」
「別に私が羽川さんのことをどう呼んでいたって構わないじゃない。阿良々木くんに言われる筋合いはないわ」
「僕ってそんなに邪魔なのか……?」
本当に更生しているのか?
羽川に再び強制プログラムをやってもらうか。
「そんなことより、何を話していたの?」
「いや。別にたいしたことじゃないよ。ただ、『今日は委員長と副委員長としての仕事が放課後にあるから、ちゃんとやってね』ってことと、『用事とかない? 大丈夫?』みたいなこと」
「ふうん……なぜか無駄に上手ね」
「何だ、その地味な褒め方は」
「あら? 私はあなたを褒めたのよ。感謝しなさい」
「何でだよ!」
「私は女王だからよ、従僕」
「誰が従僕だって!」
「阿良々木くんよ。違うかしら? 阿良々木くん、あのロリ少女の従僕でしょ?」
「半分あってて、半分外れだな」
「確かにそうね……、どうでもいいけれど――ふうん。なら、今日は私達、一緒に帰れないわね」
「ああ……。そうなるな」
「じゃあ、私は先に帰っておくわ。阿良々木くんを待ってても、無意味だし」
「酷いな、お前」
「いえ……そうではなくて、ただ単に、私が用事があるのよ」
「そうなのか」
「ええ。その代わり、明日は一緒に学校へ行きましょう」
「そうだな、そうしよう」
「ええ。あと阿良々木くん」
「何だよ、戦場ヶ原」
「今日もしかしたら、夜に電話をするかもしれないから。ちゃんと覚えておいてね」
「あ? ああ」
「くれぐれも電源を切ったりとかしないのよ。電源を切ってて、繋がらなかったら、私は明日、前の毒舌ひたぎちゃんに戻ってるから」
「……いや、更生しきれてないから、対して変わんないじゃん」
「え? 何か言ったかしら? 阿良々木くん」
「何も言ってないよ、僕は」
「あらそう。てっきり私は阿良々木くんが元の『ツンデレ毒舌戦場ヶ原ひたぎ』の戻って、前以上にいじめてほしいのかと思ったのだけれど……違うのね」
「…………」
僕はそんなにMじゃないし。
Mなのは火憐だ!
……しかし戦場ヶ原は、彼氏の僕に対し、更生前は僕をいじめていたと認めたぞ。
衝撃告白だ!
――そんなことはともかく、そろそろチャイムが鳴りそうだな。
戦場ヶ原に、そろそろ席に戻った方がいいんじゃないのか、と言おうと思った。
その時だった。
「このまま……」
「え?」
戦場ヶ原がいきなり――不意に、窓を眺めながら、独り言のように呟いた。
哀しそうな表情で。
「このまま、何事もなく、平和が続けばいいのにね――」
「…………」
確かにそうだな。
僕もそう思う。
春休みを境に――色々な怪異に僕は遭遇した。
鬼。
猫。
蟹。
蝸牛。
猿。
蛇。
蜂。
鳥。
そして――死体。
あと――
「――阿良々木くん? 何か考え事かしら?」
「あ……いや、何でもないよ」
「そう。なら、私はこれで。チャイムが鳴るから」
「ああ。じゃあまた」
「ええ」
そう言って戦場ヶ原も席へと戻り――何事もなくチャイムが鳴り、授業が始まった。
平和――か。
確かに……続けば、いいのにな――
何事もなく。
怪異にも遭わず。
このまま、『今』が続けばな――
まあ、その戦場ヶ原の、『平和が続けばいいのに』という願いは――浅はかな祈りは。
あっさりと――砕かれるのであった。
それを体験したのは――他ならぬ、僕、阿良々木暦なのだが。
作品名:化物語 -もう一つの物語- 作家名:神無月愛衣