化物語 -もう一つの物語-
004
放課後のことである。
僕は羽と仕事をしていた。
戦場ヶ原には、先に帰って貰って(その代わり明日は一緒に学校に行くのだ)。
二人で放課後の教室に残り、仕事(大体は羽川が片づけている感じである)をする。
まるで、あの日のようだ。
悪夢のゴールデンウィークが明け、戦場ヶ原と出会った――あの日。
僕は懐かしくなり、思わず微笑んでしまった。
「どうしたの? 阿良々木くん。一人で笑っちゃって」
「いや、別に。何だか懐かしいな、と思ってさ」
「……そうだね、こうして二人で教室に残るの、久し振りだもんね」
「あの時とは随分変わったがな」
僕は友達が凄く増えたし。
あの頃以上に怪異に関わっているし。
忍とは和解したし。
火憐ちゃんと月火ちゃんともより仲良くなったし。
――まあ、僕だけじゃない。
羽川も、見た目が変わっている。
ブラック羽川――怪異との関わり方も。
名残なんて――殆どないくらいに、僕達は変わってしまった。
「そうだね、もう、すっかり変わっちゃったね」
「ああ……」
「でも、阿良々木くんにとっては、友達が増えたんだし、よかったんじゃない?」
「そうだな……まあ、全て怪異絡みだが……」
「そう……だね」
「ああ」
「…………あのさ、阿良々木くん」
「何だ? 羽川」
「一つ聞きたいことがあって」
「……どうしたんだ? 急に改まって――」
「いいから聞いて」
「…………」
羽川の豹変に、僕は思わず怯んでしまった。
あれ以上の、言葉は聞き受けないって感じである。
「……で、聞きたいことって?」
「あのさ……その……」
羽川が珍しく言葉を濁したかと思った瞬間、
「――春休み」
と、最も聞きたくなかった言葉を、彼女は口にした。
「春休み、吸血鬼に遭わなかったら――出遭わなかったらって、阿良々木くん、思ったことある? いや――」
「…………」
「思ってる?」
「……羽川、それは――」
「強制はしたくないけれど……答えて」
「……何で?」
「だって、あの日、阿良々木くんが吸血鬼になったのは――半分私の所為だから」
「え……?」
「ほら、前にも――春休みの時、言ったでしょ? 噂をすれば影がさす――って」
「……ああ、確かに、言ったな」
「だから、もし、私があの時、吸血鬼の噂について話していなかったら――阿良々木くんが吸血鬼に遭わず、普通に、人間として過ごせたんじゃないかって」
「…………」
「だから――」
「それはないよ、羽川」
と。
僕は羽川の台詞を遮り、真っ向から彼女の言葉を否定した。
「確かにそうかもしれないけれど――やっぱりあれは、瀕死の吸血鬼を助けた、僕の弱さの所為でもある。僕はお人好しだから、彼女を放っておけなかった。それがいけなかったんだよ」
「…………」
「それに、もしも僕が吸血鬼になっていなかったら、忍野にも、戦場ヶ原にも、八九寺にも、神原にも、千石にも――あと、強いて言うなら――貝木にも、影縫さんにも、斧乃木ちゃんにも、臥煙さんにも出会えていなかったんだから」
「阿良々木くん……」
「勿論、羽川にも」
「え?」
「僕は、春休みを通して羽川翼と言う人物を知ったんだからな」
「……そっか……」
羽川は僕の台詞に安心したのか、微笑みながら、
「やっぱり阿良々木くんは前向きだね。とっても憧れるくらいに」
と言ったのだった。
これを見て僕は、羽川が普通の女子に、少し近づいてきているんだな、と実感した。
それから僕達は仕事を済まし、それぞれ校門の辺りで別れ、下校した。
あの『くらやみ』に自転車を壊されたので、通学手段は徒歩なんだよな~。
歩いてみると、結構遠いな~。
あの時悪魔に憑依された神原が自転車を壊していなかったらな~、とか。そう思っていると。
僕の頭上を通り越して行った人物がいた。
聞くまでもない。
神原駿河である。
しかも、タイミングが丁度良い。
こいつ、登場するタイミングを計っていたんじゃないのか?
「やあ、阿良々木先輩。奇遇だな」
「こんな奇遇があるわけないだろ! 神原、お前が言う奇遇は全て仕組まれているんだよ!」
「いや~阿良々木先輩、実に素晴らしい考え方だ。そういえば、前にも言っていたな――『お前が言う奇遇は全て仕組まれているんだよ!』か……。阿良々木先輩、頼みがあるんだが」
「何だ、神原」
「今私が書いている小説の参考にしても構わないか?」
「お前は夏休みに僕を監禁した戦場ヶ原か!」
「まあ、落ち着いて。らぎこちゃん」
「思い出したくもないニックネームを掘り返すなよ! 折角忘れていたのに!」
思い出しちゃったじゃねーか。
一番忘れたいことと言っても過言ではないのに。
「まあ、本当に落ち着くんだ、阿良々木先輩」
「ああ……そうだな……」
「ブレスレット、ブレスレット」
「それはお前の勘違いじゃなかったのか!?」
「いや、久々に思い出したのだ」
「どうでもいいことを思い出すのか!? しかも今!」
突っ込みもこの辺にして、深呼吸をして落ち着く僕。
よし、落ち着いた。
「ところで神原。何してんだ? こんなところで。来た方向からして、どこかへ行くみたいだが……」
「さすが阿良々木先輩。察しがいいんだな。いや、実は今日は私が好きなBL小説の発売日でな。楽しみにしていたので、全速力で書店に向かっていた――」
「思った以上に用事がくだらなかった!」
「阿良々木先輩というお方が何てことを言うのだ! BL小説はくだらなくはないぞ! 一度読んでみてくれ! 絶対にはまるから!」
「いや、僕がBL小説を読んでも意味ないだろ」
読むとしたら、GLである。
どちらも絶対読まないが。
「そんな阿良々木先輩は何をしていたのだ? 下校時刻はとっくの昔に過ぎていただろうに」
「羽川と仕事をしていたんだ」
「仕事? ああ、そうか。阿良々木先輩は副委員長だったな。尊敬する阿良々木先輩にはぴったりの役職だな」
「そうか? 思った以上に大変だったけど」
そして、ぴったりでもないが。
本当に神原は僕のこと――『僕』という人間を誤解している。
「――なあ、阿良々木先輩」
と、神原はいきなり――唐突に話題を変えた。
この手際の良さは、戦場ヶ原に似ている。
さすがヴァルハラコンビだな。
「何だ、神原」
「最近……この町、おかしくないか?」
「おかしい?」
――おかしいとは一体、どういう意味だ……?
「いや……なんて言うか……そうだな……。空気が変って言うか……」
「神原?」
「言葉で説明できない。とにかく、『おかしい』のだ」
「…………」
いまいちはっきりしないな。『何』が『おかしい』のか。
そのことを表情から悟ったのだろう、神原は付け加えていった。
「気分が悪いのだ。『あそこ』にいるみたいに」
「? どこだ、『あそこ』って」
「北白蛇神社――だ」
「え……それって――」
北白蛇神社。
そこは、僕が千石と再会し、千石の『おまじない』を悪化させたと同時に、彼女を助け、つい数週間前に、忍と一緒にタイムトラベルした場所である。
ある意味で、因縁の場所。
作品名:化物語 -もう一つの物語- 作家名:神無月愛衣