化物語 -もう一つの物語-
007
喧嘩をする火憐と月火を放置して、二階にある僕の部屋へと這入り、鞄を置き、制服からパーカーとジーンズに着替え、さあ今から勉強をしようかな~、と考えた瞬間。
「お前様」
と、とある幼女の声が聞こえた。
まあ、誰かは分かっているけれど。
て言うか、一人しかいない。
僕の勉強机の椅子に――いつの間に影から出てきたんだろう――金髪金眼の吸血鬼・忍野忍がいた。
忍野忍――キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。
鉄血にして熱血にして冷血の――伝説の吸血鬼。
怪異の王。
春休みのことである。
僕は吸血鬼に襲われた。
血も凍るほど美しい鬼に。
自らの血を吸い尽くされた。
一滴残らず――搾り取られた。
その結果、僕は吸血鬼になった。
三月二十六日から四月七日まで――僕は地獄を味わった。
地獄のような冗談で、冗談のような地獄だった。
その地獄から僕を肉体的に救ってくれたのは――アロハのおっさん、忍野メメだった。
その地獄から僕を精神的に救ってくれたのは――同級生の、羽川翼だった。
そしてその吸血鬼は、僕の手によって、八歳の小柄な少女になった。
影も形も元も子もない、吸血鬼の成れの果て。
美しき鬼の搾りかす。
だから僕は彼女に定期的に自分を血液を与えなければならない(その度に彼女は吸血鬼に近づき、ペアリングされている僕も、吸血鬼に近づく)。
忍は人間もどきの吸血鬼。
僕は吸血鬼もどきの人間。
それが僕達だ。
しかし――である。
いつもは八歳の姿をしている忍だが。
今現在僕の目に映っている忍は――外見年齢十二歳の姿をしていた。
だが僕は、忍に血を与えていない――忍が僕の影に潜むようになったからだが――のだ。しかし、彼女は成長している。大きくなっている。
一体これは――
「――どういうことだ? 忍……」
「かかっ。どうしたのじゃ? お前様。そんな慌てて――まあ、お前様が慌てる理由も、少し分かるがな」
僕の慌てるのとは対照的に――忍はやけに落ち着いていた。
五百年ああでも六百年だっけ? は生きてるだけあるな~と僕は思った。
その忍はいつものあの古風的な口調で続ける。
「我があるじ様よ。今日一日、何があったのかを儂に話せ」
「え……?」
「お前様も分かっておるじゃろ? 儂とお前様はペアリングされておるのじゃ。たとえ儂が気持ちよく眠っていても、お前様の感情はダイレクトに伝わってくる――と。つまりお前様が、何らかの形で感じた不安を儂は無理矢理感じさせられたのじゃ。じゃから、その不安の原因は何じゃ?」
「不安って言ったら――」
やっぱりあれか? 神原が言っていたこと。
この町がおかしい――と言うことなのか?
だったら丁度良い。僕だって知りたいところだったのだ。
僕は余すところなく、今日のことを話した。
特に神原との会話を、詳しく、正確に。話した。
それを聞いた忍の感想は、
「ふむ……。じゃが……これじゃあ、現時点では、何があったのかまでは分からんな」
だった。
「わ……分からない?」
「うむ。怪異が一気に集まることは儂が生きてきた中で何回かはあったがの……この町みたいに、ゆっくりと集まることはなかったの……」
「ゆっくりと――か。じゃあ何だ? 忍は、この町よりも早くよくないものが集まった場所を知っているのか?」
「うむ。そのときは大変じゃったぞ? まあ、詳しく話すと長くなり話が逸れるじゃろうからやめておくが……しかし我があるじ様。この町は――否、お前様は凄いの。儂は今まで、この短期間で数多くの怪異と絡んだ人間に会ったことなんてないぞ。恐らく、人類でお前様が初めてじゃ。まあ、我があるじ様は人間ではないがの……」
「そう……だな……」
吸血鬼もどきの人間。
つまりそれは、限りなく吸血鬼から遠いが、完璧な人間ではない。
半分が怪異である。
まあ、もう僕は、完璧な人間に戻る気はないのだが……。
「しかし忍。この、よくないものがこの町に集まってきているのと、お前が血を与えていないのに成長しているのは、関係があるのか?」
「あるじゃろうな。そうでなかったら、こんな不吉なことが一変に起こらんじゃろ」
「確かにそうだよな……」
「我があるじ様よ。さっき儂は『何があったのかまでは分からんな』とは言ったがな、『こうなっただろう』という予想は出来るのじゃよ」
「予想? じゃあ一体、この町に何があったって言うんだよ」
「恐らく何者かがこの町に意図的によくないものを集めているのじゃ。そしてさらに、そのよくないもの――特に強力な怪異の力を無理矢理上げているのじゃ。全く……いい迷惑じゃ」
「強力な怪異の力を無理矢理上げている――つまり、忍は全盛期の頃が最強の怪異の王だから、今こうして成長――あの大人バージョンに近づいているのか?」
「恐らくな。まあ今の儂はただの搾りかすじゃが……それでも、例外じゃないようじゃな」
「てことは僕も――」
「じゃろうな。儂が伝説の吸血鬼に近づいておるのじゃ――お前様もまた、儂とペアリングされておるから、吸血鬼に近づいておるじゃろう」
「マジか……それはそれで厄介だな。僕、外に出れないし……まず、日光に当たれないじゃん」
燃えて蒸発するし。
あれはあれで怖いのだ。
たとえ不死身でも。
「じゃあ早く原因を調べないとな……」
「そうじゃの。まあ、今この状況じゃと、我があるじ様と儂だけではどうすることもできんじゃろ。あの式神童女のような者がおらん限り」
「やっぱりそうか。だったら僕達は――」
「今は迂闊に動かん方がいいじゃろな」
「そっか――」
じゃあ、神原に言っておかないとな。
明日でいいかな? たいしたことなさそうだし。
これで僕達の、怪異についての会議は終了した。
そう言えば、『怪異』と『会議』って、似ているなと僕は思った。
こんな状況なのに――やっぱり僕は、間が抜けている。
あんまり情報を得たとは言えないが、神原に今日電話をすると言ってしまったので、僕は神原に電話をすることにした。
神原はスルーコールで電話に出た。
……相変わらず、電話に出るのは早いな……。
「神原駿河だ。神原駿河、特技は達急動だ」
「言うと思ったよ。実際、千石が言っていたからな」
「うむ。その声と突っ込みは阿良々木先輩だな」
「僕的にはあんまり突っ込んだ気はしないんだけど……」
まあいいや。神原が満足しているから。
「ふむ。この時間に電話をしてくるとなると――阿良々木先輩、何か分かったのか?」
「いや……あんまり。忍も、この情報量だと、現時点では断定できないって……」
「それは情報が少ないと言うことか……。まあ、確かにな。情報って、今のところどれくらいあるんだ?」
「神原の証言と、忍の今の姿ぐらいで、後は何も……」
「ん? 忍ちゃん、どうかしたのか?」
「ああ……」
そう言えば神原にはまだ言っていないんだった(それどころか誰にも言っていない)。「忍がさ、姿が変化しているんだ」
「?」
「……つまり、成長して、吸血鬼としての能力が上がっているんだよ。僕の血を与えていないのに……」
「阿良々木先輩、つまりそれって――」
作品名:化物語 -もう一つの物語- 作家名:神無月愛衣