聖なる夜
シュラは雪男のそばまで行くと足を止めた。
「なんで、おまえ、ここにいるんだ……?」
胸にある疑問が自然に口から出ていた。
雪男は黒い厚手のコートを着ているが、それは祓魔師としてのものではない。私服だ。
仕事で来たわけではなさそうだ。
だいたい、仕事でこちらに来るとは聞いていない。
雪男の寒そうに少し堅くなっていた頬がふっとゆるんだ。
「なんでって」
その口が動き、告げる。
「逢いたかったからに決まってるじゃないですか」
シュラの耳に雪男の声が強く響いた。
驚いて、口を開く。
「逢いたかったからって……」
けれども、途中で絶句してしまった。
逢いたかったから、逢いにきた。
簡単に言ってくれる。でも、そんな簡単にできることではないはずだ。
正十字騎士團にはヴァチカン本部と日本支部をつなぐ鍵がある。
だが、その鍵は正十字騎士團の中でも貴重品で、許可を得て借りなければならない。
聖騎士であるアーサーなら許可はおりやすく長時間所持することもゆるされるが、他の者はそうはいかない。
シュラにしても、クリスマス休暇で日本にもどる際は飛行機に何時間も乗るつもりだった。
もちろん雪男は日本から飛行機に乗り、空港からは電車などの交通機関を使ってここまで来たのだろう。
それも以前から計画していたことではなく、予定外に、突発的に、だ。
びっくりしてしまった。
「……仕事はどうなりましたか?」
シュラが言葉を失っていると、雪男が問いかけてきた。
仕事。
「ああ、あれはもうカタがついた」
頭に、一瞬、さっき見た光景が広がった。
シュラは雪男に、どうしても抜けられない仕事があるからクリスマスに日本に帰れなくなったとは伝えたが、詳しい内容については話していなかった。
ヴァチカン本部の闇のような話なので話さないほうがいいと判断した。
しかし。
「こっちで一緒に働いてたヤツが悪魔落ちしたんだ」
いつのまにか口が動いていて、話さないでおこうと思っていたことを話していた。
また、さっきの光景が眼の裏によみがえった。
悪魔落ちした姿で地に倒れていた。
シュラにとっては一緒に働いていた同僚である。
一緒に戦った仲間である。
「うまく捕まえることができた」
案外あっけなかったな。そうアーサーは言っていた。
その通りだ。
だれが悪魔と内通しているのか調べたり罠を張るのには苦労したが、捕まえる段階になると、あっけなかった。
逃げられるかもしれないとも予想していたのに。
「今ごろ、ヤツは本部につれていかれてるはずだ」
今はまだ意識を失っているだろうが、やがて目覚める。
そのとき、正十字騎士団の上層部はどんな裁きを彼にくだすのだろうか。
「アタシはそーゆーの面倒くさいから、先に帰ることにした」
冗談のように軽く言おうとした。笑おうとした。
けれども、うまくいかなかった。