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夏待ち

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 壁にかけられている時計はすでにバスの到着時刻はすぎている。俺は置いて行かれただろうか。そっちのほうがいいと思っている自分もいる。
 ビニール袋をつかむと、手をつかまれて「おつり忘れてるよ」とぽんと手に十円と鍵を乗せられた。
「俺の自転車、裏に置いてあるから使っていいよ。あげる。君は間に合うかもしれないし、この時間帯のバスは本数が少ないから、自転車のほうが目立たなくて小学生の逃亡には向いているよ」
「中学生です。でも友だちが待ってるんじゃ」
「ケータイ持ってるから。事情話してあきらめてもらう。まあもう行っちゃったかもしれないけど」
「でも、」
「俺のルールとして、迷惑をかけたひとにはお詫びするの。ぜったいに」
 ぎゅっと大きな手が俺の手をつつみこむようにして「壊してもいいから」と鍵を握らせた。どうあっても受け取らせるつもりらしい。
 おにいさんの手は冷たい。俺の手も冷たかった。もう強盗はいなくなったというのに。
「……友だちきっと待ってますよ。だから電話したほうがいいです。俺も急ぎますから」
 ぱちりと瞬いて「だといいなあ」とうれしそうにわらった。俺もおなじだった。



 待ち合わせ場所のバス停に置いてあるベンチにちゃんとそいつはいた。
 蝉がやかましい上に、夏真っ盛りの日差しの中でうつらうつらと船をこいでいる。自転車から降りて、押しながらベルを鳴らすと、はっと目を開けた。俺の姿を確認すると半眼で「おかえり」とねぼけた声をだした。
「マシマロあった?」
「ない。コンビニにマシュマロなんてないよ。マシマロ言うな」
「あれ、その自転車は?」
「コンビニの店員さんが貸してくれた」
 バスの時間まで余裕があるから、とじゃんけんで買い出しを決めた。別行動をとったのはいざというときにはばらばらに逃げるためだった。目的地は決まっていないけれど、バスが向かう先はひとつだけだから、ケータイがなくても待ち合わせができる。どちらかが逃げない限り。
「遅いから逃げたかと思った」
 逃げてもよかったのにとわらう。
 そのわりにはバスの時間が過ぎても待っていたくせに。というか逃亡中のくせに道で寝るな。
「だから、逃げるんだろ。おまえと」
「君には逃げる理由がないからね」
「一緒に逃げてくれって言ってきたの、そっちだろ」
 そうだね、と目を細める。白い髪はセットをしてないのでぼさぼさ。着ている服もこれ部屋着じゃないのかと思うくらいゆるゆるだ。まだ早朝で気温が下がっているからいいものの、薄手とはいえ長袖なので暑苦しくもみえる。
 腕をおおきく上げながら伸びをする姿をみると、なんだか長毛種の猫のようにもみえる。
 次のバスを待とうか、という話にもなったけれど、自転車で行くことに決まった。次のバスが来るまで三十分以上も間があったし、やっぱり小回りがきくほうがいいからだ。
「俺、二人乗りってしたことない」
 しかも荷台はない。
「僕がこぐよ。死にたくないし」
「死ぬとか言うな」
 自転車にまたがる白蘭の肩をつかみ、後輪のわずかにでっぱっている部分に足をかける。
 ゆっくりと自転車が走り出す。誰かの後ろに乗るのは初めてだけれど、思ったより安定感はあった。気分はちっとも良くないのに、汗を吸い込んだシャツが乾いていくようで風が気持ちいい。
「なんか暗いよね。もっと楽しくいこうよ。自分探しの旅とか、思い出づくりとかサブタイトルつけて」
「もうやだ。なんでそんな楽しそうなの。俺、死にそう……」
「だいじょうぶだよ、きみは」
 がこん、と自転車が軽くはねた。とっさに白蘭の肩を強くつかむ。自分よりずっと背が高いくせに肩は薄い。骨ばっていてかたかった。
 自分がこの手で殺した、あの大きくて羽が生えた男とはぜんぜんちがう。あの男はもっともっと背が高くて、大きな手をしていた。そして、いつも笑っている男だった。
 でも死に顔は知らない。俺の炎はいつも思うままに操れて、俺が見たくないものをすべて隠してくれた。ずっと逃げ続けていれば隠したままでいられたのに。
 今回の逃亡だってそうだ。死ぬ可能性があるのは白蘭であって、俺じゃない。
 リボーンあたりには半殺しにされるかもしれないけど、それでも俺は死なない。
「ねえ、コンビニ強盗にあったんじゃない?」
「知ってたのか」
「全部じゃないよ。昔、そういうことがあったなあと思い出しただけ」
 昔、というのは『未来の白蘭』の持つ過去のことだとわかった。
 やっぱりこの白蘭は俺の知っている男なのだと思い知る。
 あの未来の世界で命を弄ぶようなゲームを仕掛け、泣きながら命を捧げてくれた女の子の死を玩具が壊れたかのように扱った男は今目の前にいる男だった。
「それで、そのコンビニ強盗は?」
「逃げたよ。あとは知らない。警察を呼ぶ前に俺も逃げちゃったし」
 会計をすませて、俺は借りた自転車にまたがってすぐにあのコンビニから離れた。
 あのおにいさんは警察を呼んだのだろうか、と考えたけれど、呼ばないだろうという確信もあった。
「ああ、この自転車貸してくれたひとの知り合いなんだね。その強盗」
「知ってるのか」
 それも『昔』の記憶だろうか、と思ったけれど、尋ねる前に「ちがうよ。ただのカン」と言われた。
「そんなことがあったのに、君が僕なんかを優先するのには理由があるんだろうなあと思って」
 否定はできなかった。けれど肯定でもない。
「その店員と強盗って共犯なのかな」
「ちがうと思う」
「超直感?」
「そんなに器用に使いこなせるものじゃないよ。ただ、そのひとの手がすごく冷たくて、」
 たぶんあのおにいさんは最初からフルフェイスの下の顔がわかっていた。たまたま最悪のタイミングで出会わせてしまった俺に必死に「犯人は店長の知り合い」と思わせようとしていた。そして俺をあの場から早く離れさせようと自転車の鍵をくれた。
 共犯だという可能性もあるけれど俺はちがうと思っている。あのひとの手は冷たくて、泣きそうで、うれしそうだった。
 給料を盗まれて、『友だち』との温泉旅行がダメになったというのにうれしそうだったおにいさん。あのひとの電話はつながっただろうか。
「なんか俺と似たひとだった。友だちと逃げるんだって」
 俺が感じたのは『このひとは俺と似てる』だった。
 ほんとうは逃げたくない。でもどうしたらいいのかわからない。あのひとの事情はわからないけれど、それだけは感じた。
「応援した?」
「してない」
 ひどいなあ、と明るく言う。
 白蘭はあのひとたちの結末を知っているのだろうか。
 聞いてみたいと思ったけれど、ほんとうなら俺はあのコンビニには行っていなかった。きっとあのひとたちも、俺たちの結末だってまだわからない。
「みんなに本当にわるいことしてるなあと思ってるし。心配させてる」
 今一緒にいたのは白蘭ではないはずだった。もっと楽しい気分で。せっかくこの日のために宿題だってリボーンの恐ろしいしごきと、獄寺くんの暑苦しいはげましを受けながら、山本と必死で片づけた。
 コンビニのおにいさんの逃亡はコンビニ強盗のせいで失敗に終わったようだけれど、俺と白蘭の逃亡はまだ終わっていない。逃げるのをやめる理由がなかった。
作品名:夏待ち 作家名:るーい