人の話は聞かなきゃね!
質問の傾向は、余所者って噂は本当か。婚約は本当か。ブラッドとこんな短期間で結婚を決めた理由。時計塔のユリウスとの関係は。ハートの騎士との関係は。ハートの城の宰相が結婚前提でこちらの世界へ連れて来た噂は本当か。他にもあったが、余りに返答するのがバカバカしい内容のものばかりだった。意外だったのは、アリスの元の世界に対する質問がひとつも出なかったと言う事か。
即座に否定できるものや自分自身の事には返答できたが、やはりブラッドとの事となると答えを濁すしかない。彼の意図が不明な以上、勝手に否定や訂正すら出来ない。しかし、それで納得してくれるような柔な面々ではない。一度喰らい付いたら放さないさながら肉食獣のようだ。
が、それでも彼女たちの繰り出す話題にも限界がある。そろそろ興味本位の質問が一段落したところで、やっと開放してもらえそうな空気になってきた。話題もブラッドの事から波及した他の噂話に移って行く。
やれやれ・・・喉が渇いた。何か飲み物を貰えるのかな。と辺りを見回しながら自然にこの場を離れようとした時だった。
一人のいかにも大人しそうで地味な印象のドレスを身に着けた女性が発した一言で、一気にアリスへの興味が再燃してしまい、再び取り囲まれる事態になってしまった。
「ところで貴女、もうブラッド様とは寝室を共になさっていらっしゃるのよね。」
「は?」
それはもう質問ではなく、断定的な爆弾発言だった。
「それで、どうなのかしら・・・・やっぱり夜の方もお強いって噂は本当なの?」
これほど興味を引く話題も早々無いだろう。他の話へと散って行きかけたご婦人方を一瞬で引き戻すには十分過ぎる。以前にも増した熱気の中で飛び出す発言は異常に盛り上がり、自分達の経験を元に余りにも赤裸々過ぎて、もはや何を言われているのかすら理解できないアリスだった。
とにかく理解できるのは、これを自分の名誉の為にも否定しなければ。という事のみだ。だが否定すれば返って刺激することになるのでは、そう考えると何も言えなくなってしまう。
「まぁ、この方、耳も首も真っ赤よ。可愛いわね、私も若い頃思い出しちゃうわ。」
周囲で一際大きく笑いの渦が起こる。恥ずかし過ぎてもう顔も上げられない。早く誤解を解かなくてはと思うが、もう誰も自分の話を聞く状態では無くなっている。勝手な憶測と妄想とで作り上げられていく虚構。
自分達が言いたい放題の後、潮が引くように人々は去り、アリスは一人その場に取り残された。
もう周囲が自分を見る目が怖くてたまらない。何故こんな言いようの無い屈辱的な扱いを受けねばならないのか。悔しくてはらわたが煮えくり返る。きつく拳を握って怒りを抑えると、丁度目の前に水のグラスを載せたトレイが運ばれて行く。
「お水くださる?」
ミネラルウォーターのグラスを二つもらうと、周囲を見回し目に留まった、誰もいないテラスに向かう。
テラスに出ると、歩きながら一息に水を飲み干すと、もうひとつのグラスに口を付けようとして視界の端に自分以外の人影を見た。
もう先刻みたいな思いはしたくない。気付かぬ振りで背を向けて水をガブガブ飲み込む。そのまま立ち去ろうとしたが、後ろから声をかけられた。
「ねぇ、ちょっと話さない?」
声はさっきの人影だ。ちょっと低めで若い声。でも自分より年上。振り向く前にアリスは腹を括った。もう猫は被らないと。
「はい、何でしょうか。」
振り向くと、少し離れた声の主に一瞬でアリスは息を呑む。エリオットが言っていた肉を付けろとはこういう事かと理解する。彼女の纏うドレスは露出度は低いが艶がある。それは体型のせいなのだろう。彼女は右手にグラスを持ちながらゆっくり近づいてくる。その一歩一歩が同性から見ても艶めかしい。
見とれているうちにアリスの直ぐ近くまで来て、庭の方に向き直りながらこう言った。
「ねぇ、私、ブラッドのこと良く知っているのよ。」
フフ・・と意味深にこちらを向きながら笑う。
「あの人とお知り合いなんですか。へぇ、女性で親しい人って居たんだ。あまりそういうイメージなかったな。」
「そうね、お互い全てを知り尽くしている間柄ね。大人の男と女として・・ね。」
一瞬自分の考えている事とのギャップを埋める時間が必要だったが、
「ああ、そういう・・」
なんだ、さっきのおばさん達と同種の話しかと興味を失う。
沈黙が続いた後、
「もう行ってもいいですか?」
アリスが立ち去ろうとすると、
「何よ、子供の癖に余裕じゃない。ブラッドの現在進行形の恋人なんて目じゃないって訳?」
「そうですけど。興味無いですけど。何か迷惑かけました?」
振り向きざま、アリスはイライラをぶつける様に言い捨てた。
彼女のグラスが足元に落ちて割れる音と共に、アリスは左手を凄い勢いで掴まれた。アリスのグラスも手を離れて砕ける音が響く。
「ちょっと何するんですか!!離してください。痛い!」」
「これは私の物よ!!」
彼女はアリスの指からダイヤの指輪を奪い取った。奪った指輪を自分の左指に差し込む。
「・・・それ、私の指から取ったんですか?」
「そうよ!貴女にはこの指輪をする資格なんて無いわ。ブラッドのこと愛してもいないのに婚約者だなんて許せない!」
アリスは彼女の指に光るダイヤを見ていた。
「何よ!これは返さないから。」
もう片方の手で指輪を隠すようにしながら、彼女は広間の方へ駆け出した。追かける気力はもう無い。
いつの間にかはめられていた指輪。アリスにはあまり意味の無いものだけれど、返してもらわないと困る。そういう事を盾に、妙な要求をされないとも限らないから。けれどこれ以上争うのも面倒だ。だいたいあの男が婚約者だなんて紹介をするから面倒な事になっているのだし、このまま放置してブラッドに回収させるのも良い案かもしれない。
それよりも他に考えなければならない事があるような気がして、庭に面した手摺りに肘をついて考えを巡らせる。
「まず、今の生活はどうかって事よね。やはりこのまま帽子屋に滞在するのはトラブルに巻き込まれる頻度が多くなりそうだ。」
衣食住、何不自由なく過ごさせてもらっている。でも・・・
「ちょっと!!」
不機嫌そうな声に振り向くと、アリスと同世代かもう少し年上らしい女性ばかりの集団に囲まれていた。先程のおばさんの集団と同じくお相手をしないといけないようだ。
「ねぇ、どうやってブラッド様に取り入ったのか知らないけど、貴女なんか余所物って事で物珍しいだけじゃない。婚約だなんて冗談じゃないわよ。」
一人が口火を切ると、我も我もとアリスを非難し始める。
「お姉さまとブラッド様だから私だって身を引いたのに・・・こんな娘なら、私の方がマシじゃない。」
「余所者ってふしだらなのね。あちこちの男と浮名を流して、さぞかし夜は魅力的なんでしょうね、夜は。」
「本当よね。ブラッド様もお可哀想に。きっと騙されているのよ。この余所者に。」
「あら、皆さん、ブラッド様ってとても聡明な方よ、きっと直ぐにこの女の化けの皮も剥がし
て捨てちゃうわよ。」
作品名:人の話は聞かなきゃね! 作家名:沙羅紅月