二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

入水だろうか

INDEX|4ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 



生徒手帳をそっと開くと、そこには大事に折り畳まれた山本先生の住所が入っている。
山本先生は少しだけ字が汚い。斜めになっている字で遠い住所が書かれていた。近くの学校の先生でも住んでいるところが近いとは限らないらしい。
日曜日お店の方に1日休みをもらい、新聞の配達時に使う自転車を借りて一時間半ほどこいで山本先生に会いにいった。会えると思うと嬉しくて自転車のペダルは軽くなった。
家を見つけるのは簡単だった。山本先生の実家は寿司屋をしていたことをそのとき初めて知った。お店の看板に先生が教えてくれたのと同じ住所と、電話番号が乗っていた。
入ってすぐ、元気な歓待の声がする。
「いらっしゃい!」
コンビニでも同じことは言われるが全然違う。
「おっと珍しいお客さんだなぁ、なんにする?」
「えっと、その」
受け答えのときは咄嗟に口ごもる自分には嫌気がさす。
「山本先生に」
そこで初めてしまった!と思った。連絡もなしに突然来てしまった。
「そうか武のお友だちか。武ー!友達だ降りてこい!!」
上から誰ー?と山本先生の声がする。先生じゃないプライベートな口調に、不思議な感じがした。
すぐに店の奥の暖簾からスウェットの山本先生が顔をのぞかせて、綱吉をみた瞬間「親父!」と文句をお父さんにいった。
「ツナ、どうした?ええと、昼は食ったか?」
俺が首を横に降ると、先生のお父さんが何が好きか横から口を出して訊いてくる。それにまた先生が怒る。こんなにあたふたとした姿をみたのは初めてだ。
「俺、お寿司初めてだからなにがいいとかわかんない」
「そうか、親父の寿司は全部上手いぜ」
カウンターの向こうで握った端から山本先生がひょいひょいと大きなお皿に乗せていく。
「ツナ、来いよ。二階で話そう」
綱吉にコップを二つ持たせると山本先生は、片手にお皿、片手にお茶のポットを持って暖簾の向こうへ帰っていく。
綱吉は慌てて暖簾をくぐり、一旦顔だけ戻して「お邪魔しますっ」と叫ぶとまたすぐ山本先生を追いかける。階段をのぼりきると山本先生は足でふすまを開けたところだった。
促されておずおずと敷居をまたぐ。中には野球選手のポスターと、たくさんの写真が貼ってあった。野球のユニフォームを着た泥だらけの小学生が写っていて、どこかの生徒かとも思ったが、他にも中学生や高校生に、大人の写真もある。その大半はユニフォーム姿で、山本先生が混じっていた。年の順に戻っていくと、小学生の山本先生を見つけた。
「腹減ってないか?」
「……先生、お寿司ってほんとに美味しいの?」
小さなちゃぶ台に向かい合わせに席について、両手を合わせる。
綱吉の顔は半信半疑だ。生魚なんて初めてで、そもそもおにぎりの上に置かれているスタンスが理解できない。
「じゃあ最初は分けて食ってみるといいのな。刺身は刺身、米は米」
言われた通り、まず刺身を横においてご飯を口に運んでみる。
一口いれて、綱吉が眉をさげて目をうろうろさせた。
「先生……」
「飲み込んでから喋れよー。うまいだろ?」
言われた通りごくりと飲み込んで顔をあげる。
「美味しいけど、塩じゃなくてビックリした」
「寿司だからな!もしかしてチラシも食ったことねぇか?今度食わせてやるよ」
咄嗟に新聞に挟まっているのを思い浮かべたけど、違うチラシだろう。
勢いつけて、魚も口に放り込む。こっちはすぐ吐き出した。
「魚は醤油つけるのな。もう一回食ってみ」
絶対に嘘だと思ったが、醤油をつけただけで本当に美味しくなった。
それからは喋るより食べることに夢中になって、膨れたお腹にいれる熱いお茶の美味しさも知った。
「先生、あんね」
「うん?」
「こないだ俺の父さんだって人が訪ねてきたんだ」
「親父さん見つかったのか!?」
「ううん、多分別の人。その人が一緒に住まないかって言うんだ。すごい強引な人でさ」
しばらく先生は真面目な顔して考え込んでいたけど、不意に顔をあげて綱吉の目を見た。
「ツナはどうしたいんだ?」
「俺は、行ってみようかと思う」
本当は断る気でいたけど、今急に考えが変わって口にしてみた。寿司みたいなもんだ。食べてみないと分からないこともある。
「駄目だったら先生のとこ逃げてきていい?」
山本先生はすぐにうなずいたかと思うとため息も一緒にはいた。山本先生はため息を吐く生徒を見つけると駆け寄って背中を叩いて元気づける人だったから、綱吉はつい大きくうろたえてしまった。
「ツナは大切なことはなんでも一人でやっちまうのな。お袋さんが亡くなった時も自分でちゃんとこれからを決めてたし……俺情けねーなぁ。本当に困ったときは頼ってくれるのかって、不安だよ」
軽口かと思ったけど、目には本当に寂しさが見えて、申し訳なかった。別に一人で決めてる訳じゃない、むしろ綱吉は優柔不断な方だ。確かに事後報告になることが多いが、それは相談することすら決めかねて、結果そういうことになるだけだ。
「ツナ、何か肌身離さず持ってるものとかあるか?」
そう言われて迷わず綱吉は以前書いてもらった住所を取り出した。山本先生は面食らってから少し照れくさそうに苦笑した。
「あんがとな」
山本先生はすらすら何かを書き足して綱吉に紙を返してくれた。080から始まる携帯番号が書かれていて、綱吉はビックリして山本先生を見つめ返す。
「絶対、困ったら連絡しろよ」
綱吉は目頭が潤ってくるのを感じた。やっぱり行きたくない。新聞配達をして店番をして、こうして時々山本先生に会いに来れる状況を手放すなんて、馬鹿な決断をしてしまったと思うのだ。


作品名:入水だろうか 作家名:ぴえろ