君の傍らに赤
一枚、二枚、今日の夕飯は何にしよう、三枚、四枚……。
学ラン姿の猿飛佐助は校門の脇に植えられた木に背を預けて、家に帰ってからの家事を思いながら暇を持て余すように頭上からひらひら降ってくる葉っぱを数えていた。
目立たないよう端によって木陰にいるにもかかわらず、校舎から校門へ歩いてくる学生の群れの中にはそんな佐助を見つけて不思議そうな好奇の目を向けてくる者もいる。
ブレザーのスカートを翻らせた女子生徒のグループが佐助のほうをちらちら見ながら口々に何かを喋っているのに、控えめに右手をヒラヒラと振って小さく笑ってみせた。
そうして彼女たちが完全に通り過ぎてから、軽く溜息を吐く。
めんどうくさいなぁ……口には出さず、吐き出した息に念だけをこめた。
同じく学生である佐助がこのように同じく学生服の彼やら彼女らに好奇の目を向けられねばならないのにはわけがある。
学生服、という点では同じでも、佐助はこの学び舎には相応しくないからだ。
さらにいえば、学生服は学生服でも、佐助が来ているのは中学生の制服である。
この学び舎は高等学校、つまりはそういうことだった。
佐助は幸村の親戚筋にあたる少年で、この高等部に隣接した土地の中等部校舎に通う中学三年生だ。
幸村とは一緒の下宿先である剣道場に住んでおり、二人は大概下校も登校も一緒だ。
だから今日もこうしてサッカー部が休みである幸村を待っている。
いつものこと、されどいつもいつも「年下のチビ」として「高校生の先輩がた」に何だこいつとばかりにジロジロ見られるのはうっとうしくて仕方がない。
「なぁんで、まぁ、人生ってままならないねぇ」
中学生の少年には似つかわしくない台詞をどこかおちょくったような口ぶりで呟いた。
佐助はいわゆる、前世の記憶というものを持っていた。
戦国時代、とある武将に仕える忍としての人生の記憶。
佐助にとってその記憶は今現在と地続きで、長い長い夢を見た後に目覚めたら忍の人生の続きを生きているような、けれど戦国の世と現代の記憶の間には何か霞みがかった隔たりがあるような、それは奇妙で曖昧な感覚だった。
しかし自分以外の何もかもが様変わりしてしまったような新しい人生の中で早い段階に幸村というかつての、いや、今でも変わらぬ主君を見つけ、結局は前世も今も、自分にとっては時間感覚の問題でしかないと結論付けた。
自分と違って幸村の方は前世の記憶などいっさいないようだが、そうそう前世の記憶持ちなんていてたまるかと割かし常識的に考えて、それはそれでいいと受け止めている。
時代がかった現代では独特の幸村の口調は記憶によるものではなく、幼い頃に好んで視聴していた時代劇の口調を真似て癖になっただけだなんておかしいと、ひっそり記憶持ちの佐助は笑っていたりする。
何にせよ、やはり新しい生、自分がその記憶をもってどうしたいかが重要なだけだ。
今生では遠縁とはいえ恐れ多くも幸村と同じ血に連なることができた。
また当たり前のように近くにいることができる、それだけで幸せを感じて、今生でも許される限り彼の人の世話を見てやろうと心に決めていた。
しかしである。
人間が輪廻転生するのにどんなシステムがあるのだかは知らないが、同じ時代に幸村のすぐ近くに生まれることが出来たにもかかわらず佐助には不満がある。
あまりにも贅沢な悩みかもしれない。
けれど従者ですらなく、幸村の縁者として生まれることが出来た幸福のせいで多少気が大きくなっている佐助は「神様もう少し頑張ってよ」と思わずにはいられない。
どうして、真田の旦那のお世話を焼く側である俺様が、旦那より二つも年下なの。
佐助の不満とはずばりそれだ。
たった二つの差だと侮ることなかれ。
何も自由にならない現代の子どもというこの身分で、年下か年上かは大きな違いなのだ。
現に高校生幸村と中学生佐助は校舎が離れ、今現在幸村が何かやらかしているのではないかと思うと胃が重くなる。
この間だって旦那、数学の教科書を家に忘れてたし、体操服だってわざわざあっちの校舎の中に入ってまで届けに行ってあげたし、毎回毎回中等部校舎からこっち来るの大変なんだよね。
あぁあ、年上といえかずともせめて同級生だったらいろいろ楽なのにさぁ……。
ぐちぐちと胸中で誰に対する恨みつらみともつかない文句を吐く。
そうしながら足元の小石を蹴っているうちに耳慣れた声が自分の名を呼ぶのが聞こえた。
足元に向けていた顔をあげて校舎側を見ると、こちらに歩いてくる佐助よりも大きな学ランが二つ。
そのうち一つが、犬が尻尾を振るように手をぶんぶんと振っている。
待ち人がやっと現れたのを確認するとヨッという軽い掛け声とともに体重をかけていた木から背を浮かせた。
「すまん、待たせたか、佐助」
佐助のすぐそばまで到着した幸村が問う。
佐助はいいや? と頭の後ろで両手を組み、校門の外へと歩き出しながら答える。
「そんなに待ってないよ。むしろ早かったくらい。どうせ石田サンに急かされたんでしょ、旦那?」
旦那一人ならもっと帰り支度でもたついてるでしょ、そう言ってからかうように細めた眼で幸村を横目に見やり、そしてチラリと幸村の隣に立つ男、かつての凶王に視線を走らせた。
三成の話題をふられた幸村は話を聞くに徹していた三成の背を遠慮も何もなくバシンと叩いた。
向かいから来る散歩中の犬を何となしに見ていた三成には不意打ちに近かったらしい、その力強さも相まってケホと小さく咳き込んだ。
何を擦るんだと彼の左を歩く幸村を睨んだが、しかし幸村はさらに左の佐助に首ごと顔を向けており、三成の視線には気付かない。
あちゃー、旦那、ちょっとちょっと本当にこの人はサラリと恐いことしてくれちゃって。
ギリギリと物騒な歯ぎしりが聞こえてくる前に幸村に代わって彼越しにゴメンネと両手を合わせて苦笑しておいた。
まったく自分で言うのもおかしいが、隣の高校生よりもよほど気づかいのできる中学生だと思う。
年下の少年と学友との間で交わされたやり取りを知ってか知らずか、おそらくは何も気付かず幸村は溌剌と目を輝かせた。
「そうなのだ! 石田殿は何事もきびきびと素早く行動される。俺も見習わねば!」
「……見習ったら見習ったで、考えなしのせっかちになりそうだよね、旦那は……それにしてもさ、」
自分に話題が振られそうな気配に気づいたか、三成の吊り目がチラリと佐助よりも頭一つ分高い位置から注がれた。
何だか旋毛から針を刺されるような、もしくは禿げそうな感覚に微かにもぞりと肩を動かす。
かつては同じくらいの目線だったというのに、今ではほとんどの知り合いからこうして頭のてっぺんを見下ろされて落ち着かず、またもや心の中で例の不満を口走りそうになった。
そんな心中はともかく、佐助は視線に促されて軽快に言葉を続ける。
「石田サン、本当に学校出るの早いよねぇ。部活も委員会もないとはいえ、もっとゆっくりしてもいいと思うけど。友達とちょっと喋ってから、とかないの?」
今生で主が高校に上がり、まさかの主の級友として紹介された前世の凶王、石田三成。