君の傍らに赤
年齢のためかつてより幼い外見をしているとはいえ、相も変わらず稀有な刃を思わせる銀髪と歪に白く痩せ細った面立ちと身体、低音の攻撃的で排他的な物言いに真っ直ぐ射抜くような眼光はかつての凶を纏った男のまま。
出会った当初は警戒し、健やかに今生を謳歌する幸村に凶が及ばぬようと気を払いもした。
しかし佐助のそれは杞憂に終わり、どうやら前世に憎しみを残し、幸村と同じくまっさらな零から始まる記憶とともに生まれ育ってきた三成は思ったよりもずっと穏やかな気性であるようだった。
苛烈に憎き仇の名を叫んでいた遠い記憶に比べた穏やか、だが、そうと分かれば佐助にとって脅威ではない。
同じ西の軍に名を連ねていた時代よりもさらに心を近くしたらしい幸村と三成の交友を、今は微笑ましくも自分も混ざりながら面白おかしく付き合っている。
しかし一つの目的に向かって他の全てを捨てていたかつての彼とは異なるとはいえ、所詮はあの石田三成である。
大人しく高校生男子をしていようと、綺羅々々しく友人の輪に入って青春などするはずがない。
放課後に友達と喋ったり遊んだりしないの? と問うたところで答えを聞くまでもなく佐助は三成の返答を何となく分かっている。
果たして幾分か見目の幼くなった凶王さまはフンと鼻を鳴らして佐助が思った通りの答えを口にしたのだった。
「私語をする時間など必要ない。私は無駄は好かん」
そもそも私と話したがるような奴などそこの酔狂な男ぐらいだ、と隣を歩く幸村を顎でしゃくる。
少し無駄話をすることすら拒絶するその切り捨てるような態度が友人が出来ない原因となっていることを自覚しているかどうか、微妙なところだと佐助は思わず半目で苦笑してしまった。
三成はあまりに周囲に溶け込まず、嫌われ恐れられる自分というものに慣れてしまってその原因など改めて考えることなどないのだろう。
「わぁ、相変わらずだなぁ、石田の旦那は。俺もせめて同い年なら真田の旦那を見張ってきびきびしなさいって言えたのに」
佐助は大袈裟に肩を落とし嘆息した。
年下の親戚の、その年齢に似つかわしくない溜息にムッとして幸村は拳を握って抗議の声をあげた。
「お前の目付がなくとも俺は一人でしっかりやれるぞ!」
「はいはい。そういうことは一人前に忘れ物しないようになってから言ってねー」
軽くあしらわれてしまった幸村は言い返すことも出来ないのか、ぐぐっとこらえるように口を噤んだ。
当然だ。
そのくらいは自覚してもらわないと俺様が悲しすぎる。
つい二日前も弁当を忘れた幸村のためにわざわざ上級生ばかり溢れかえる高等部の階段を三階まで、駆け上がったのだ。
たかが昼の一食のために蒼天疾駆の足を使ったことを贅沢と言われることは覚悟、しかし出来れば過保護だという声は聞きたくない佐助だった。
「真田の旦那」の食生活管理は自分の第一任務であると情けないことに受け入れてしまっている佐助は昼の一食にしても、購買のパンだけなんて偏った食事を幸村にさせたくはない。
もちろん大食漢でいつでもどこでも食べ盛りな幸村には小腹が空いたら購買を利用してもいいとは言い渡してあるが、前提条件として栄養バランスをしっかり考えられた佐助手製の弁当を食すことを課している。
少々話が横道へそれた。
しかし何はともあれ、つまり佐助は弁当一つで中等部校舎から高等部校舎に向かって疾風の如く駆けつけ、本来の中等部校舎に居る時は見えない幸村の動向を度々心配しなければならないのだ。
せめて同い年だったらという台詞は佐助の口癖のようなものである。
態度だけならまるで幸村の保護者である中学生は、その身もふさわしく目付のしやすい身分になることを諦念とともに切望して、本日幾度目かの溜息をついた。
そこでふと、佐助の妙に老成した嘆息に何か感じるものがあったのか三成が思い出したように呟いた。
「……私も、言いつけならある」
「えっ?」
いささか唐突な三成の言に間の抜けた音を発した同行者二人に、補足するように彼は続けた。
「真田のように実際に手を出されて世話を焼かれている訳ではないが、私も家人から、学校が終わったらすぐ帰宅するようにと言われている。私には余計な心配だが……約束させられたからには守らねばならない」
思わず目を丸くしてしまった。
いつもと何ら変わりなくぶっきらぼうに、かつ淡々と言ってのけた凶王様だが、その内容は何ともミスマッチというか、まるで佐助が幸村をせっつくようなものを感じた。
学内では冷え冷えとした人間関係を築いているらしい三成の、意外とあたたかな家庭の事情を耳にして驚いてしまったせいか足元の小石を蹴飛ばしてしまった。
三成の語った内容はいわゆる、おうちの人とのお約束だった。
他にも、と三成は言葉に合わせて指をたてる。
「寄り道はしない、知らない輩にはついて行かない、買い食いをしない、などもある」
数え上げられたそれらにますます目を丸くした佐助の口元がひくりと痙攣した。
向かい側から追いかけっこをして体操服袋を振り回しながら駆けてくる帰宅中らしき小学生たちを見て、何か言い知れない気持ちになった。
「それは……何というか、言っちゃあなんだけど、小学生のガキに対する注意みたいじゃ……」
「それでは下校の際、小腹が減ったらいかがなされるのか!」
「ちょ、旦那っ」
躊躇い気味の佐助の上からかぶさるように叫んだ幸村はビシリと一方を指している。
その指の先には小さな団子屋があり、芳ばしいタレの香りがこちらまで漂ってくる。
ぐぅと腹の虫が鳴く音が聞こえたが、犯人は推理をしなくとも分かった。
三成は妙に熱のこもった必死の形相の幸村にうるさそうに首を振った。
「要らん。そもそも腹が減らんし、買い食いすると夕食が絶対に入らなくなるから私は禁じられているというだけだ」
だからさっさと貴様一人で団子でも何でも買って来いと手を振られると、待っていたとばかりに大きな子どもは店先へと走って行った。
放課後になったら帰り道にあるその団子屋に寄ることを楽しみにしていたことを佐助は知っていた。
せっかく部活が休みの日なのだし、仲の良い友人である三成と連れだって自分の好きな団子屋に寄ってみたかったのだろう幸村の当ては外れたが、遠ざかって行くあの後ろ姿に生えた幻覚の尻尾がばっさばっさと左右に振られるのを見れば全く落ち込んではいないようだ。
慣れたように呆れた表情でそれを見つめる佐助が苦笑とともに頭を掻いた。
「すっごく過保護な気はするけど、石田サンとこのご両親、しっかりしてるのねー。俺様のうちも見習わなきゃ?」
冗談めかしてそう口にした佐助に、しかし三成はフンと鼻を鳴らした。
「私に両親はいない」
「……あ、そうなの?」
何の感情のかけらも含まない事実だけを述べた声音はただ佐助の誤解を訂正しただけだったのかもしれないが、やはり気まずくて浮かべた笑みに苦味が混じった。
ああ、と佐助は思い出す。
そういえば結構前に幸村が言っていたかもしれない。
三成は中学に上がった頃、交通事故で両親を亡くしていると。
両親がいないことぐらい、15年前よりずっと以前の記憶を辿れば忍びであった佐助の感覚では何も同情するようなことではない。