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アリス振り回される(前編)

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「わしも同じじゃ。花の香りのするさわやかな紅茶という印象しか判らん。何故あのように子供染みた真似を・・・・・時にお前、あんなのと婚約などと早まったのではないか?」

「ビッ ビバルデイ、知ってたんだ!」

不意に振られた話題のせいで、一瞬アリスはカップを持つ手に意識が行かず紅茶を少し零してしまう。ドレスに付いた小さな染みを慌ててナプキンで拭う。生地に滲んだ紅茶色は目立ちはしないが、早いうちに処置したほうが良いと思いながらビバルディの話を聞く。

「わらわを誰と思うておる。アリスはホワイトを気に入っていたのでは無いのか? 帽子屋とホワイトという選択も究極の選択といえなくも無いが、堅気なだけホワイトに分がある様な気がするが? それに、お前が城に住むようになれば、わらわは嬉しい。」

どうして時計塔を出る原因を作った、いや、そもそもこの異世界に自分を拉致した変態男を好きになると思うのか、ビバルディの思考が今一つ理解できない。目の前の美女は真っ赤な唇の端を上げ真っ直ぐに此方を見つめている。慌てて訂正を入れる。

「なんで私がペーターを気にするのよ。」

「おや、違うのか?」

私には二人とも有り得ない選択なんだけどと言いかけ止める。紅茶の染みを抜く為に中座し、ブラッドの座る席の近くを通る。

「香りが素晴らしい。なかなかに上品な味わいだ。抽出を微妙に変えると面白いかもしれないな・・・」

何やら独り言を言いながら、目当ての紅茶に恍惚とするブラッドを見て呆れるアリス。子供か! 先に出された紅茶との違いをそれほど感じられないアリスには、首を傾げるばかりだ。だが、あの紅茶好きのブラッドをこんな表情にしてしまうこの紅茶の入手ルートを知ることが出来れば、今回の婚約破棄の件も有利に進められるのではないか。ふとそんな事を考える。

(ペーターも、一応お城の宰相だもんね。流石にそう簡単に教えてはくれないかな。でも、万が一ってことも。)


城内のメイドに応急処置の染み抜きをしてもらうと、階段を上って廊下を行く。勝手知ったるハートの城。ペーターの執務室の前に立つ。自らの意思で此処にきたのは初めてだ。これまでは、ペーターの命を受けた兵士かメイドが、ほぼ強制的に、時に泣き落としでアリスをつれてくる場所だった。ノックをする前に扉が開く。

「アリス! やはり貴女でしたね。」

満面笑みのペーターに室内に招き入れられた。扉が閉まると後ろから抱きすくめられる。

「ああ、愛しい人、お会い出来て嬉しいです。今日のドレスアップは僕のためですか? とても似合っていて素敵ですよ。このまま時間が止まってしまえばいいのに。」

毎度のペーターの挨拶の口上をさらりと聞き流すと、いつもなら振り解くペーターの腕の中に納まったまま話すアリス。

「今、とても珍しい貴重なお茶をいただいたの。それでペーターにお礼を言いに来たのよ。」

「お礼だなんて、そんなもの必要ありませんよ。今日は陛下とお茶会でしたね。僕も後で貴女に会いに行こうと思っていたんですよ。なのに貴女の方から会いに来てくださるなんて嬉しいです。愛する僕の部屋を覚えてくださったんですね。アリス、僕も愛してます。」

特に、愛が無くても部屋くらい覚えられますが?という突っ込みは、今日はしない。紅茶の話に特化し、取って置きの情報でも入手できればという下心があるからだ。

「私はそれほど紅茶には詳しくないけれど、最近高級な紅茶ばかりいただくようになって、香りや味の素晴らしさが少しは判ってきた気がするの。今日のイン・ビトウィーンって貴重なお茶なんでしょう。私なんかじゃよくわからないけれど、入手困難な紅茶だって聞いたわ。」

「そうですね。あれは特に個人の農園の限定物ですからね。でも、貴女に飲んでいただけるのでしたらどんな苦労も厭いませんよ。陛下よりも貴女に召し上がっていただいた方が、僕も嬉しいですから。」

「もう、ペーターったら。」

疲れる。この男の相手は本当に疲れる。話している間にも幾度も髪や頬にキスしてくる。アリスの身体に回した腕の力を込めたり抜いたり。まるで自分のペットでも抱いている気で居るのか、全く落ち着かない。ペットにしろ、恋人にしろ、過剰な愛情表現は逆効果だと知らないのだろうか。

「ペーター、城の紅茶って貴方が全てを取り仕切っているのよね。希少な紅茶ってどういう所で買っているの?」

「アリス、それは帽子屋の為ですか。」

突然ナイフのように鋭い言葉で切り返されて言葉に詰まる。直ぐには否定できない。表面的にはブラッドの為に見えるが、実際は自分の為である。人の良さそうなペーターを利用しようとしたことを見抜かれていた。軽く見た相手に己の行為をはっきり自覚させられることとなり居た堪れない。恥ずべき行為をした自分を見られるのが苦しく、今直ぐ消えてしまいたいと思う。このまま男の腕を振り切って室外へ逃げようと思った時、

「貴女になら教えてもいいですよ。ただし条件があります。」

先程と違い、甘い声で囁かれた。

「ペーター、あのね、直ぐに滞在地をどうこうって・・・」

「違いますよ。」

耳元の冷たい声がアリスの言葉を遮る。それから直ぐにまた甘い声で囁いてくる。

「今日は、貴女からキスしてください。」

「あ・・それは。」

「出来ませんか。僕から情報を聞き出したいんでしょう? 誰に頼まれたんですか? それとも貴女の意思ですか?」

最後に意地の悪い声で言われた、貴女の意思ですかと言う言葉だけが、ペーターの声で頭の中に何度も繰り返される。アリスは上手く取り繕う為の言葉を捜すが、空っぽのままの頭の中を空しく手探りしているような状態だ。誰かを私欲のために利用しようとするなんて、なんという破廉恥で最低な行為。自分を責める言葉だけが頭を占める。もう立っているだけで精一杯なところまで追い詰められてしまった。
身体を百八十度回されて唇に軽く触れられる。弱々しく胸を押し返すだけの形ばかりの抵抗にペーターは更に何度も唇に触れてきた。

「どうしました。諦めますか?」

試されている? ならば、毒を食らわば皿まで。それが混乱した頭が出したアリスの結論だった。
ペーターの言葉に翻弄され誘導されていることにも気付かず、アリスの手がペーターの胸から両肩へ。肩からゆっくりと後頭部に回される。震える指先が、見た目より意外にも柔らかい白い髪を掴むと自分の方へ引き寄せた。家庭教師との生まれて初めてのキスなんて比較にならないくらいに緊張する。相手の唇に触れると自分以外の体温を感じる。だがそれ以上どうして良いのかわからずに戸惑っていると、急に強めに上唇を吸われて身体中に電流が走る。膝の力が抜けアリスの体勢が崩れた。唇が離れる前に抱き止められて、頭の中が真っ白になりながらも続けられるキスに、先に音を上げたのはアリス。

「も、もうやめて。」
「駄目です。まだ足りない。」

もう一度唇を塞がれて激しいキス。時々唇を離しアリスの目を覗き込みながらペーターは話しかけてきた。。

「帽子屋に酷い事をされているんじゃないんですか?」

「酷い事なんてされて・・んん。」

強制的に言葉を遮られる。