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アリス振り回される(前編)

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街のメイン通りを、嫌がるアリスの手を握り、引っ張るように歩いて行く。一人で歩いていても人目を惹く存在が、噂の婚約者だか、情婦だかを連れて白昼堂々と歩けば、それは注目されない筈が無い。
いつかの夜会での痛い視線を思い出し、ブラッドを恨めしく思う。静かに暮らしていれば、そのうちに人の口の端にも上らなくなるだろうというアリスのこれまでの努力は、この一瞬で無に帰した訳だ。
だが、この男が例の古家を出てから機嫌が悪いのは自分のせいなのだ。此処は大人しく従うしかない。口数も少なく、此方を見ようともしない男の怒りをこれ以上買うのは、どう考えても得策ではない。
「無駄足なら覚悟しておけ。」
古家に入る前のブラッドの言葉が甦る。今回はどんな難題を突きつけられるのかと思うと、早く引導を渡して欲しいような、そうでないような。

そのまま街の紅茶専門店に入った。一旦はホッとしたアリスだが、店内にお客が増えるにつれ再度落ち着かない。周りの視線が気になって、まるで針のむしろだ。紅茶の味も何もあったものじゃない。人の気も知らず、隣に座る男は一人紅茶を楽しんでいる。と思ったら、

「ところでお嬢さん、宰相から情報を引き出すのにどんな手を使ったんだ。」

いつの間にか此方を見ながら、せっかく忘れかけていたことを思い出させる。一瞬何もかも見透かされている様な深い緑色の瞳に引きずられそうになる。どうにか堪えると、

「どんなって、普通に聞いたら教えてくれたけど。」

もう情報の出所に関しては嘘が通用しないらしいので、取り敢えず一部は認める。だがこれ以上は知らん振りを決め込めば絶対にばれる事など無い。今はまだ婚約者に有るまじき行為を暴露する訳には行かない。アリスは背中に冷や汗をかきながら平静を装う。ブラッドはそうかと言ったきり普通に紅茶を飲んでいる。その様子に安心すると、再度お願い口調で要望を出す。

「あの、早く帰らない? 私こういう目立つ場所に居たくないんだけど。」

「なんだ、私の昼寝に付き合ってくれるのか? ならば考えないことも無い。」

「んなわけ無いでしょ。眠いならさっさと帰りましょうよ。」

二人が入った時にはそこそこ空いていた店内が今では満席で、空席待ちをしている客が窓の外に行列を作る。当然ながら、手持ち無沙汰な順番待ちの客達は、此方にちらちらと視線を送ってくるのだ。昼になど滅多に街に出かけない。従って街での目撃例が少ない。しかし何故か若い女性からそれほど若くない女性までをファン層に持つ男。
そんな男が通りに面した窓際の一番目立つ席に陣取っていれば、必然女性客が集まってくる。そして、ブラッドの隣に座るアリスは羨望と嫉妬の的となるのは仕方の無い事なのだった。こんな目立つ状況は何よりも避けたいアリスが、帰りたいと思うのは当然だろう。

「はぁ、お茶くらい落ち着いて飲ませてくれ。」

急に隙だらけの子供っぽい表情を見せるブラッドに、ドキリとする。時折見せる拗ねた顔など、此方が素顔なのかと思わせるような表情を見せられると困ってしまう。

「この状況で落ち着いてって、じゃ、帰りましょうよ。そうしたら落ち着いてお腹いっぱい飲めるわよ。」

「お嬢さん、今回のお約束を覚えているかな? 城でのお茶会に同伴することと、もう一つあったはずだが。」

一瞬見せた表情は、しかし直ぐに消えてしまい何時もの食えない男の顔になる。

「こっ、婚約者らしく振舞うこと・・」

「宜しい。それで? 今の君は婚約者らしい態度といえるのかな。」

そう言いながら空になったカップを置くと、アリスの髪に触れてくる。手で肩に掛かる髪を背中に流しながら此方をじっと見ている。

「いえないことも無いと思うけど。」

「はあ~、私と居ても、始終他のことにばかり気を取られているのにかい? とても私とのデートを楽しんでいる様には見えないね。」

溜息を吐くと、此方を責めるように不満を口にする。

「・・・そういえば、もう直ぐ城で舞踏会があるんだが聞いているかい? 今から君のドレスを選びに行こうか。」

「舞踏会?・・私は行かないからドレスなんて要らないわよ。それより、わざわざ肩に手を回さないでよ! こっち見てる人に誤解されちゃうでしょう。」

髪に触れていたブラッドの手がいつの間にか肩に回されている。アリスは、その手を払い落としながらドレスの件にも取りつく島もない。

「お嬢さん、何度も言うようだが、デートなんだから嬉しがる振りくらいしてくれないか。」

払い落とされた手をもう一方の手で撫でながら、再度不満を口にする。

「私の知ってるデートに、ドレスを買うってルートは無いんだけど。」

「そこじゃないだろう。恋人がスキンシップを図ろうとしているのに冷たいと言っているんだ。お忘れのようだが、ドレスは婚約披露パーティー用でもいいんだが。」

「行きます。舞踏会のドレス見に行きます。もう、直ぐに行きましょう。」

この男に婚約解消の意思が有るかどうかも疑わしいとアリスは思う。今はとにかくこの紅茶専門店を早く出られるのならもう何でも良いと、アリスは席を立った。まだ名残惜しそうなブラッドを急き立てる。



「此方のお嬢様でしたら・・・こういう可愛らしいドレスは如何でしょうか。」

ドレスを着る本人は全く興味無しで、振り向きもしない。接客用のテーブルで雑誌をぱらぱらとやっている。その雑誌もブライダルやファッション雑誌だ。アリスには特に惹かれる話題も無く、本当にただぱらぱらとページを流しているだけだった。その手が止まると急に熱心に読み出した。

――― 特集! 結婚前に男の気持ちが冷める女の言動

(これを地でやれば嫌われるわけ? 多少のことなら目を瞑ってこの際・・・)

だが、直ぐに読むのを止める。色々膨らませてはあるが、一言で言えば、女性が結婚の意思を匂わせた時点で気持ちが冷めるという内容だったからだ。

(私みたいな本当に困ってる女性向けの記事をお願いしたいわよ、まったく!)

ブラッドはこの店の店長と、熱心にドレスをあれこれ選んでいる。店内の他のスタッフは、この二人の異様な温度差に戸惑いを隠せない。取り敢えず読み終えたらしい雑誌を交換する為に声を掛ける。

「あの、新しい雑誌とお取替えいたします。」

「ねぇ、男の人に嫌われるようにって如何したら良いと思う?」

「は?」

突然、この店内では聞いたことも無い質問を投げかけられて戸惑うスタッフ。アリスは特に何処を見るでもなく視線を泳がせている。

「お嬢さんは、まだご機嫌斜めなのかな?」

試着用のドレスを選び終えたブラッドが戻って来た。かなりの上機嫌だ。入れ替わりにアリスはスタッフと試着室に向かう。
鏡に映ったのは、胸元から肩先まで大きく開いたシャンパンゴールドのドレスだった。肘上までの手袋を付けると、そう露出度は気にならない。悔しいがいつもアリスが嫌いではない選択をしてくる。これも癪に障る。ブラッドの前で一回転して見せると、早々にドレスを脱ぐ為に試着室に戻る。その背中に声がかかる。

「お嬢さん、もう一つ試着してくれないか。」