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グッバイ・パピーラブ

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その2



 午後から雪が降るという予報に、買いだしは早いうちがいいかとトラは予定を変更することにした。人工皮膚は防水加工が施されているとはいえ、あまり濡れないようにとバーナビーから言われている。自室のクローゼットを開けると、そこには数少ないトラの服が掛けられていて、その内のコートに袖を通す。これは、真冬なのに外でもシャツとベストでは寒そうだ、と心配された虎徹から貰ったものだ。
「出かけるのか?」
「あぁ。買い出しに行ってくる。留守番を頼む」
 ベッドに寝転がっていたウサに不意に問いかけられて、トラはボタンを留めながら返す。
「どうしてコートなんか着るんだ? 別に寒さなんて感じないだろ?」
「現在の外気温は3℃だ。普通の人間なら寒いだろう」
 体感気温は無いから必要無いと一度は断ったのだが、今思えばアンドロイドが人間の中で不自然に目立たたないようにとの考えがあったのだろう。なるほど、と詰まらなさそうに応えたウサは、続けてもそりと言い放つ。
「……オレも行く」
「え」
 意外な言葉にトラが振り返ると、何か作業していたらしい多重表示していた画面を閉じて、ウサは立ちあがった。
「上着はマスターから借りるか」
 シャツとジーンズという格好のウサが、己の身なりを見まわしてそうぽつりと漏らす。外見を気にするあたり、どうやら本気で付いてくるらしい。先ほどのキスといい、不安定になるとアンドロイドでも恣意的になるのかと分析している間に、ウサはすたすたと部屋を出て行ってしまう。慌てて後を追えば、ウサは虎徹とバーナビーの寝室に入って既にクローゼットを開けていた。
「ウサ、マスターの物を勝手に借りるのはよくない」
「いいだろ、服の1着くらい」
「……今、マスターに報告するから、少し待て」
 勝手に物色し始めたウサに、トラは諦めるとメーラーを立ち上げて手短に用件をまとめた文章をバーナビー宛に送信する。気がつくと、怪訝な顔をしたウサに見つめられていた。見れば、借りた黒のトレンチを早速羽織っている。
「真面目すぎるだろ、お前」
「お前がいい加減すぎるんだ」
 ウサの不誠実さに、自分で思考していなかった言葉が出てきて驚く。訳が分からず咄嗟に口元を手で塞ぐと、訳知り顔で笑うウサと目が合った。確かにウサはトラより先に作られて、トラの先輩にあたるとバーナビーに言われたが、その言動がなんだか釈然としない。これが怒りというものなのか。
「……早く行こう。雪が降る前に帰りたい」
 募るもやもやを振り切って踵を返すと、トラは足早に玄関に向かった。

 以前虎徹に食事のリクエストを尋ねた時、好き嫌いは無いと答えた言葉通り、トラが作る料理を虎徹はいつも綺麗に平らげてくれる。バーナビーも特に嫌いな物は無いようで、たまにリクエストはされるものの、基本的にメニューはおまかせされる事が多かった。
 家から徒歩圏内のいつものスーパーにやってきたトラは、今日もまかせると言われた通り、季節の食材を取り入れた身体に優しいメニューをデータからピックアップして食材を選ぶ。付いて来たウサは初め、興味深げに店内を見回していたのだが途中でふらふらと一人で何処かに行ってしまった。気が済んだら戻って来るだろうと放っておいたら予想は外れてしまったようで、トラが袋詰めを終えてもまだ戻って来ていない。迷子にでもなっているのかとしぶしぶサーチモードを展開させようとした寸前、目立つ長身の姿は意外に近くで発見する。あちらも気がついたのか目が合うと、探される側だったはずのウサに手招きされて、トラは仕方なく近寄った。
「なぁ、あの“くじ”はやらないのか?」
「くじ?」
 ウサが指差す先にはテーブルが並び、簡易的なコーナーが設置されていた。傍には賑やかなポップ広告が飾られている。
「30ドル以上購入すれば、1回引けるって言ってた」
 釣銭を貰う時、確かに店員がそんなことを言っていたのを反芻する。そして今日使った金額を確認すれば、30ドルは超えていた。条件は満たしている。
「やらないのか? テレビ、招待券、米、洗剤、ティッシュのどれかが当たるんだろう?」
「……米?」
 買い物は済んだから早く帰りたかったのだが、景品の一つに反応してしまった。オリエンタル出身の虎徹はライスを好むが、シュテルンビルドでは小麦より高額だった。それに、以前虎徹とテレビを見ていた時、米からパンが作れるという機器が紹介されていて、物珍しがった虎徹が購入したのだが結局一度も使えていないものがあるのだ。
「持っていてくれ」
 ぐるぐる考えた末、トラは買い物の荷物をウサに押し付ける。何故か楽しげにウサは笑っていたが、構わずくじを引きに向かった。

直後、店内にカランコロンと派手な鐘の音が響いた。

作品名:グッバイ・パピーラブ 作家名:くまつぐ