ミゼレレ
3.
サガは黙々と品物を選り分けながら、箱へと詰める。そして箱詰めされたものを階下へと私は運んだ。時々、サガは手にした品物を感慨深げに眺めてはいたが、それでも一分にも満たない程度で淡々と手際良く作業を進めているように私には見えた。
大方の荷物を下ろした頃、あらかじめサガが手筈していたのだろう。近辺に住む者たちが数人、梱包された荷物を引き取りに訪れた。荷物を引き渡したあと、しばらくサガは住人たちと話し込んだ後、手には手籠と大皿をひとつ持って、何もなくなったリビングへと戻ってきた。
「今日の御礼だそうだ。おまえも珍しく力仕事をしたから、空腹だろう?」
「“珍しく”は余計だと思うが。まぁ、多少は運動になった。頃合いの空き加減だ」
手洗いを済ませ、テーブルも椅子も何もないところに二人して座り込むと、遅い夕食にありついた。差し入れられた料理はお世辞にも美味いとはいえない味ではあったが、空腹を満たすには充分な量があった。
「明日の午前中、教会で彼のために聖歌隊が歌を贈るらしい。私はそれを聞き届けるつもりだが、どうする?」
ポンと小気味よい音を立てながら、サガが葡萄酒のコルク栓を抜いた。「自家製らしい」とビンの口に整った鼻を少しだけ近づけたあと、匂いを嗅ぐとグラスへと注いだ。それを私に勧めてくれたが、いらぬと手で示した。サガは一口含むと「この中で一番いい味だ」と満足そうな笑みを浮かべた。「それはよかったではないかね」と軽く答えながら、私は何の変哲もないミネラルウォーターを口の中に注ぎいれた。私にはこれで充分だ。
「そうだな―――彼らの神が私を異教徒と門前払いしなければ、さして教会に入るのも私は問題はないがね。サガ......どうしたのかね?」
なぜか不思議そうな顔をするサガを怪訝に返すと、「いや......」とサガは笑った。
「てっきり聖域に戻るだろうと、思い込んでいたからな。一緒に来るとは思いも寄らなかった。それで可笑しくなっただけさ」
グラスに入っていた葡萄酒を水のようにサガは飲み干し、注ぎ足すとそのグラスをぼんやりと眺めていた。何を彼が考えているのか、わからなくなる沈黙の瞬間だ。その頭の中の脳細胞は活性化され、いつにも増して機能しているのだろうか。それともまったく停止しているだけなのか。そんなことさえ、わからなくなる。
どこか遠くへサガの意識が飛んでいるようで、私は独り置いていかれたような気になった。そして私は漠然とした不安と焦燥感に追い立てられるように彼の意識を引き戻そうと話しかけた。
「ムウには君の休暇を手伝ってくると伝えたから。あと一週間ほど君に付き合うつもりだ」
すると、視線をグラスから私のほうへと移したサガは目を丸くし、殊更驚いているようにもみえた。今、ここに私がいたことをすっかり忘れていたかのように。取り繕ったようにサガは苦笑し、そして呆れたような顔をした。
「休暇の手伝い?そんなことをムウに......さぞかしムウは尖がっていたんじゃないのか?本当に大丈夫なのか」
「ふむ......まぁ、帰ったら何らかのペナルティーを用意していることだろうな、ムウのことだから」
だからといってスゴスゴと戻る性質でもないが。私はほどよい疲労感を伝えてくる身体の命令のままに、ごろりと床に横になった。カーペットも敷いていない剥き出しの木の床は薄い布を通り越して、優しい温もりを伝えてきた。
「埃塗れになるぞ?」
慌てたようにサガが端に畳んでいた毛布を用意しようとした。
「いつものことだ。どこでだって私は寝るときは寝る」
「まぁ、それはそうだが......時々、その図太さが羨ましいとさえ思うときがあるくらいだ」
「“図太い”とは言い過ぎではないかね?」
そんな他愛もない話をしばらくしたのち、眠りについた。ちろちろと小さなロウソクの炎が風に揺らめくような不可思議な感情を胸の奥に感じながら、未だ核心に触れないままで。