ミゼレレ
4.
異なる教えではあっても、おそらくその真髄、その核となるものはきっと近いものなのかもしれない―――。
そんな風に思いながら哀しくも美しい、優しく包み込みこんでいく清らかな歌声に聴き入った。厳かな聖歌は人々の無垢の心を乗せ、教会に満ちていた。彼らの神と、母なる者を模して描かれたステンドグラスによって光は可視光線となって降り注ぐ。
「ミゼレレ―――彼はいつもこの歌と共にあった。そして私も......」
一際高い少年ソプラノが響き渡る。呟いたサガは真っ直ぐに彼らの神の姿を見つめていた。奥歯を噛み締め、何かを堪えるように。
「おのれが犯した罪を認めながらも、赦しを乞い、祈り、願う。それが身勝手なことだとわかっていながら」
サガと同じ重さの罪を背負っていきていたのだろうか、彼は。
息を呑込んだまま私はサガの端麗な横顔を見た。それがどのような罪なのか、私が問い質すべきことなのではないのだろう。知らぬままでいてもいいことだってある。
彼はサガと同じように償いの日々を過ごしてきたのかもしれない。そうして、ようやく得られたであろうものを誰よりも知っているのはきっとサガだ。そして、サガはそれを望んでいるのかもしれない。
私が知っていることはサガが清くあろうと努めていたということ。雪よりもなお白く、まるで漂白するように僅かについた汚れさえ洗い流そうと、今も冷たい水に己が身を晒しているということ。でも、それを正しく理解できていたのか、甚だ疑問だ。私はごく一般的なものの見方でしか、サガのことをわかっていなかったのかもしれない。誰よりもサガの心を理解していたのはきっと亡くなってしまった彼だったのではないだろうか。
「人なれば、当然だと私は思うが」
罪も苦悩もきっと誰しもが抱えるものだと私は思っている。その咎の大なり小なりはあったとして、サガの底辺に沈むもの―――その中核を成すものを捉えようと言葉を紡ぐ。放っておけばいいものをなぜそうしないのか。たぶん、気まぐれだ。そう、ただの気まぐれ......私は自分に言い聞かせた。
「大多数の者は向き合うことさえ恐れ、認めさえしない。気づいてさえいないものが大半だろう。彼がどのような罪を犯したのかは知らないが......今の君と同じく、正しく受け止め、逃げることなく向き合ったのなら。彼らの神が赦さずとも、私ならば赦す」
そう断言すると豆鉄砲でも喰らったようにサガは驚いた顔をしたが、次には口元に手を当て、必死になって笑いを堪えていた。
私なりに真面目に考えた末の言葉なのだが。まさか、ここで笑いを生むとは思いもよらなかったため、口を尖らせた。
「......不謹慎ではないかね?サガ」
声を潜めてサガを注意するが一向に笑いが収まらないのか、サガは腰を深く折り畳むように曲げ、椅子に伏せると小さく体を揺らすばかりだった。結局、歌が終わるまでサガはその格好をとっていた。
ひょっこりと顔を出しているのが私だけだったのを不審な目で神父たちは見ていたが、小さく頭を垂れたあと、ぞろぞろと聖歌隊と共に扉の奥へと消えていった。
「いい加減にしたまえ。神父が妙な顔をしていたではないか......」
呆れつつ、若干の怒りを抱きながら声をかけるとようやくサガは体を起き上がらせた。笑いすぎたためだろう。眦にうっすらと涙さえ浮かべているではないか。これでは立つ瀬がないというもの。
「涙を浮かべるほど笑うかね?ふつう、このような場で!」
「いや......あまりにも、おまえらしくて、な。つい。不貞腐れるな、シャカ」
それでもどこか縋るような眼差しで私を見る、艶を含んだサガの双眸に心がざわめいた。早鐘のように打ち始めた鼓動がサガに聴こえる筈もないのに、ひどく私は慌てた。
「誰が不貞腐れているものか!」
そう叫びながら立ち上がり、サガの腕を掴んだ。サガは不思議そうに私を見上げていた。ますます鼓動が速まり、全身が火照りだす。顕著に示しているだろう、おのれの顔を見られたくなかったため、プイと顔を横に向けた。
「どうした?」
「君の用事は済んだのだろう?」
「ああ、そうだが......待て、シャカ、一体?」
困惑するサガの腕をぐいぐい引っ張り上げて、そのまま教会を突っ切るように外へと出た。そして困惑のままのサガを絶句させる。
「これから世界各地の教会、いや聖域廻りだ。付き合いたまえ!」