二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ミゼレレ

INDEX|6ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

6.

「きみは一体どちらの人間なのか教えてくれ。私の解放者なのか、それとも......捕縛者なのか」
 サガに問いながら、私は私自身にも問いかけていた。生まれ落ちた私を育くみ、そして真理の檻に閉じ込める、この聖地。まるでサガがその化身のような気さえした。たった一言発しただけで、私を捕らえることも、そして解放することもできてしまうのだろう。
「きみの真理を追究してみたいのだが、いいかね?」
「ずいぶんと遠回しで......わかりにくいが」
 サガは意味を掴みかねたように戸惑っていた。私にすれば、とても分かり易く言ったつもりだったのだが。少々不満に思いながら、相手に通じなければ効力も何もあったものではないため、もう少し噛み砕いてみせる。
「つまり......私が、きみに関心を示している、ということだ」
「ああ、なるほど―――え?」
 だから、なぜそこで疑問符になるのか―――そう思う私をサガはまじまじと見つめながら、さも意外だと言わんばかりの表情を浮かべていた。じれったいと思ったのが顔に出たのだろう、サガは苦笑した。
「ええと......シャカ。少し混乱しているようだ、私は。おまえが何を言いたいのか、やはり掴みかねている。私がなぜおまえを解放するのか、それに捕縛?真理?もう少しヒントを与えてくれると助かるのだが」
「そのようなものはない」
 きっぱりと言い切るとサガは口元を引き攣らせた。諦めたように両目を閉じると思案し始める。さて、私はどうしたものかと思ったそのとき、扉を叩く音がした。小間使いがおずおずと用件を述べる。普段なら聞き入れぬ用件ではあったが、なんとはなしにこの場でサガと二人きりでいるのが気まずいこともあったため、立ち上がり、サガに告げた。
「小一時間ほどで戻ってくる。好きに過ごしてくれたまえ」
 顔を上げたサガはどこかほっとしたように「わかった」と頷いた。小間使いに二三指示を出したのち私は私があるべき場所へと向かった。





 寺院を埋め尽くすような無調音楽の響き。
 神を崇め奉る歌のように、ただひたすら「人」というものを追及する真理の歌がこの場所を覆い、戒めの言葉が見えぬ鎖となって私に絡みついていった。
 足に、腕に、指先に―――絡みつき、髪の毛一本でさえも繋がれるのだ。私はただ、喘ぐように虚ろな身体を嘲笑いながら、真理の歌との調和を強いていく。追い詰められ、麻痺する肉体と反して乖離する精神は鋭敏に研ぎ澄まされていく。
 高揚し躍動する精神が飛翔するその瞬間を表す言葉は、およそ崇高なものとは程遠いのかもしれない。
 発散し、収束されていく無調音楽と同調するように次第に重力を感じながら、気だるさだけが支配する肉の器へと再び戻る。
 そしてどれだけ時が過ぎたのか。シンと静まり返った静寂の中で私は時間という概念を放棄したまま、残響のような余韻に浸り続けていた。
「まるで姦淫に耽るが如し、だな―――」
 静けさを打ち破るような低く通る声が響いた。揶揄するその声に押されたように保ち続けていた姿勢は崩壊し、仰向けに倒れた。火照る肉体が今もって汗を滲み出させ、体温を引き下げようと躍起になっているのを可笑しく思いながら、私は近づいてきた侵入者へと顔を向けた。
「すまない。君のことをすっかり忘れていた」
 小さく肩を上下させた侵入者は「ひどい仕打ちだ」と笑って返すと、私の真横へ腰を下ろし、汗ばんだ額にその手をあてがった。ひんやりとした感触がひどく心地よかった。
「それでこそシャカというべきか。私はたぶん......おまえのそんなところに心惹かれたのだろうな。思い届かぬ神の無慈悲さを憎み、そして焦がれるように」
「随分と遠回しで屈折しているように思うが」
 スッと目を開けるとサガと目が合った。慈愛に満ちた優しい面差しだ。彼が求めるものが私の中にあって、私が求めるものが彼の中にあるのかもしれない。ふとそんな気さえした。
「そうかい?まぁ、それだけに留まらず、もっと直接的に刺激も与えられているけれども。今のおまえの姿はひどく悩ましい艶姿で私を誘惑しているようにしか見えない―――と言えば、ストレートに伝わるか?」
「ふん、この程度で君は誑かされるのかね?なるほど、それでは“罪は常にわが前にあり”というところだな」
 額に留まっていたサガの手が頬を撫でるように口元へと滑り落ちた。私からすれば、そのしぐさとサガの言葉のほうこそ、誘惑しているように思えた。
「むしろ、その栄光を前に我が身を平伏すばかりと言ってもらいたいところなのだが......シャカ。どちらにしろ、私の理性も抑制し難いものとなってきたようだ。そろそろ部屋に戻って豪華な夕食にありつけると私としては嬉しいのだが?」
 冗談なのか本気なのか判断しかねるサガの言葉に「そうだな」と答えながらも、思うように肉体は動かなかった。サガが怪訝な顔をする。
「どうした?」
「いや......まだ十分に“接続”できていないようだ」
「接続?ずいぶん機械的な言い方だな?」
 独特な表現にサガは笑いながら、いとも簡単に私を抱え起こすとその背に乗せた。平然と私を背負ったまま歩き出したサガの耳元で思わず叫ぶ。
「おろしたまえ!サガ!このような姿を誰かにでも見られたら......」
「耳元で騒がないでくれ。それこそ人が聞きつけるぞ?見られたくないなら、黙っていなさい」
 ぐうの音も出なくなった私に満足したようにサガは私を背負いながら慎重かつ大胆に突き進んでいく。
「子供ではないぞ、私は」
 それでも悔し紛れに唸ると、サガの歩みが僅かに緩やかになり、感慨深げに「そうだな」と口にした。
「シャカ」
「何かね?」
「昔、そうしたように......今もまたおまえをこの場からあの時と同じように連れ去ってしまったら、おまえを慕う人々は哀しみ、嘆くのだろうか?」
 不意に立ち止まったサガがどんな表情をしているのかこの位置からはよくわからなかった。それにサガが言った意味も。反芻し、過去にも同じようなことがあったのかよく考えてみた。埋もれた記憶の中でチカリと光るものがあった。
「あの時も―――君だったのか」
 サガの背に身を預けながら、懐かしい過去を思い起こす。朦朧とした意識の中、朽ち果てかけた私を背負い、新しい未知の世界―――聖域へと誘ったのがサガだとは今の今まで知らずにいた。小さな衝撃が波紋となって拡がっていく。
「そうか......君だったのか、サガ」



作品名:ミゼレレ 作家名:千珠