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2



 頭上で、平坦な機械音が聴こえた。エアコンに設定された時間が経過し、電源が切れたのだ。
 同時だったかもしれない。たった五文字の言葉で、藤代との関係を一方的に終わらせた瞬間と。
 部屋の空気は等しく科学の恩恵を受けて暖まっているのに、手袋を着けずに真冬の夜空の下を歩いているときの様に、指先の感覚がまるでなかった。
 別れの言葉を告げてから、藤代は黙ったままだ。
 必ず何かしら疑問を投げ掛けてくるだろうと思っていた渋沢は、それを不思議に思った。
 気付かれぬよう、瞳だけを前に立つ後輩に向ける。心臓がやたらとうるさかった。
 藤代は唇を引き結んで立ち尽くしている。目は大きく開かれているのに、そこに映っているのは蛍光灯の無機質な明かりのみ。
 時が止まってしまったのかと思った。その姿に驚いた渋沢が顔を向けても、藤代は微動だにしないのだ。
「…藤代?」
 だらりと下ろされた腕に恐る恐る触れると、彼の肩が大きく跳ねた。それが口火となり、指先、唇が震え始める。
「あ…、……」
 そう短く声を発し、足を半歩下げたかと思うと、彼は弾ける様に部屋を飛び出していった。
「っ、ふじ…」
 腕を伸ばしかけ、止めた。胸の前で拳を握る。
(……追い掛けて、どうするつもりだ)
 彼が回したドアノブを見詰め、溜息を吐いた。
「渋沢、いま藤代が凄い勢いで出ていったけど……何があったんだ?」
 視線を斜め横に移動させると、怪訝そうに眉をしかめた近藤の姿が見えた。廊下に人の少ない時間帯を選んだが、当然誰もいないという訳はないのだ。
 何があった、という質問に対して答えられず黙っていると、相手は仕方ないなという口調で続けた。
「喧嘩でもしたのか? ……まあ、どうせあいつが一方的に怒っただけだろうけど」
 後輩が駆けていった廊下の先に目をやり、近藤は肩を竦める。
「……違うんだ、近藤」
「何が?」
「おれが悪いんだ。あいつに酷いことを言った。……藤代が…あんな反応をしたのも、当たり前だ」
 下手をすれば泣いてしまいそうだった。けれど心配などかけられない、そう思っていつもの『キャプテン』の声と表情を作るが、相当の努力を要したにも関わらずそれは上手く出来ていなかったようだ。心の内を探る様な視線が向けられる。
「……本当に、藤代は悪くないんだ。この件で、あいつのことは絶対に責めたりしないでくれ。…頼む」
 それでもそう言って瞳を見つめると、暫しの沈黙の後に分かった、と苦笑いをされた。
「あいつには何も聞かねぇし、誰にも話さねぇよ。ただ、あいつを怒らせたこと、あんまり気に病むなよ。お前は優しい奴だから、どうしても気になるかもしれないけどさ」
 近藤の拳が、胸を軽く叩いた。元気付けてくれているのだ。
 ありがとうと告げると、近藤は笑顔だけ返して、扉を閉めて出ていった。
 足音が遠ざかっていくのを待ってから、重力に従うまま乱暴にベッドの縁に腰を下ろした。両手を組み、背中を丸めてそこに額を載せる。
「優しい、か」
 唇から乾いた自嘲の笑いが洩れた。
 そんな筈がない。こんな形でひとを傷付ける自分が、優しい人間である筈がないのだ。
(一番大事に想っている相手にさえ、こんなことを)
 喉が引き攣れて、吐く息さえも震えた。
(あんな顔を、させて)
 瞼の裏に、普段の屈託のない笑顔と、先程の真っ白な表情が交互に映る。
「……藤代…」
 懺悔の様に両手を握り締め、きつく眼を閉じて、涙が落ちる音と同じくらい小さな声で幾度も彼の名前を呼んだ。返ってくる言葉が存在しないことは、よく解っていた。
 視界の端で、ドアノブがちらりと光る。冷たい金属はただ、あの瞳の様にただ蛍光灯を反射していた。それは鈍い輝きで、――それなのに、その光は鋭い切っ先をもって胸に深く突き刺さった。


『もう好きではないから』
そんな理由での別れであったなら、どんなに良かっただろうか。




 終業式後、三上と共に校門まで歩いているときの出来事だった。
 正門の端の方に、愛らしい少女に話し掛けられている見慣れた顔を見た。思わず足を止めて呆然としていると、それに気が付いた三上がふん、と鼻を鳴らした。
「青春だな」
 そう皮肉った同級生の眼がこちらへ向けられる。
「良いのか?」
「……」
 ああ、彼は知っているのか。思ったが、あえて何のことだととぼけた。彼の垂れた目が細められる。
「……どちらにしても、おれには何も出来ないよ」
 出来る訳がない。