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ワルプルギスの夜を越え  3・二人の聖処女

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「神の御子たるイエス様の母マリア様に、今日ここに私達の仲間が集いて共に糧を得られる事を感謝します………」

赤毛の髪に薄いストールをかぶり*2手を重ねていたアルマは祈りながら、久しぶりに揃った仲間の顔を確かめようと目を開けるが………
誰もが堅く目を閉じ敬虔を現し、祈りに頭を下ろしている中でナナは上の空だった
意識して顔を下げず、壊れた屋根の端から星を追っている目が、自分を見ていたアルマと合うとナナは見える口元で笑って見せた
前髪に隠された目の下で笑う口
アルマは小さなため息を落とし、目を細め眉をしかめる中で祈りの言葉を続けた。




「入るよ」

仕切りの戸を軽くノックするナナにアルマはどうぞと呼び込んだ
軽い仕切りなのでナナが中二階の部屋の前まで歩いて来ているは解っていた
アルマの部屋
羊小屋は大きな一軒家だ。
とはいえずっと昔、主要な城塞都市から離れたこの町は裏街道の一本として小さな護りを任されていた時代があり
その当時教会を置くことで蛮族に手を出させないようにした経緯があった。
教会が中心にある町を攻める事は、神に対する謀反とされ大規模戦争に発展する
ヴァロア朝*3が有った頃、この戦争の形式は出来上がっていた
攻城戦は辛酸を極める恐ろしい戦いだ。そのための蓄えを教会が持つのも絡む理由からのものだった。
あれから200年以上たち大きな争いはなくなった
教会の持つ倉庫の一つだった小屋は、今孤児達の住処となって朽ちるままに建っている。
元が倉庫だったのでがらんとしていたのを間仕切りして各々の部屋としているが、中身の大半が干し草置き場で普段からエラとナナはそこで寝起きしている。
ロミーは冬の間は寒さに負けるのでシグリと一緒にキッチン前、暖炉の近くで寝起きをし、ヨハンナとハンスはその裏に作られた部屋にいる。
そしてアルマはネズミよけに作られた中二階に住んでいた………かつてはもう一人の友と一緒に

「座って、そちらに」

ストールを掛け寒さに備えた肩の上、赤毛を編み込みながらアルマは自分の反対に位置するベッド、今は誰も使っていないベッドにナナ座らせると

「まずは無事に帰って来てくれてよかったわ」
労いの言葉を確認するようにかけた。

「うん、ありがとう。雨も有ったしね、気にして城壁まで見に行ってくれてたんだよね………、ありがと」

重ねるように礼を言うナナにアルマは一息つき頷く
相手の顔を前髪の下から見ていたナナは注意をされる前に話しを切り出す事にした
アルマが自分を呼び出す時は大抵説教である事と、先の祈りの時の不敬を叱責されると考えていた
やっと放牧から帰った今はすぐにでも休みたいという気持ちも気を押して、嘘でも笑った口をみせながら先に声をかけた

「それでね、申し訳ない事なんだけど修道院には行けなかったよ。雨が降って羊が泥濘に落ちたら困るから………ごめんね、リーリエに手紙を渡せなくて」
「それはいいわ、行かなくて正解よ。危なかったから」
アルマの返事はナナが考えている以上に素っ気なかった

無二の親友であるリーリエがヘマをやらかして修道院に送られた時は泣き叫んだもので、そのために手紙を渡して欲しいと放牧前に手渡されていた
それが届かなかった今、先の不敬に対する叱責を忘れるほど落胆するのではと考えていたナナには肩すかしのように感じられた
アルマの青い眼は部屋の角に開けられた月の光に揺れながら落ち着いた口調で

「落ち着いて聞いてね、東の方のね………修道院の近くに魔女が出るようになったのよ」
魔女、ナナは一瞬固まったが
「魔女………ふーん、そっか、だったら祈るしかないね。マリア様の加護を」
「ナナ、ふざけた風には言わないで」

顔を背けて加護を語った相手をきつく、それでもゆっくりとした口調で諫めるアルマ
誰が聞いても分かるほどナナの口調は軽かった。唇を噛み顔を背けたナナは注意に対して

「だってそういう………魔が現れる時こそマリア様が助けてくれるのでしょ」
「ナナ、その力は私が授かっている」

アルマは立ち上がり仕切りのドアを開ける。誰か他の者がいないかを確認すると

「魔女を倒すための聖処女*4として私はここにいる。マリア様が直接手を下すような事はないのよ」

教義に基づく救済を知り語るアルマに対してナナの顔は沈むように下を向いていた
何かを言い返すとも返事をするともしない態度で

「それで………何?」

俯いたままナナは静かに聞いた。
説教をするアルマの顔を見ないままで
「何か用事があって呼んだのでしょ?」

「うん、そう僕からのお願いもあって呼んでもらったんだよ、ナナ」

声の主は軽いステップで開けられていた窓をくぐりアルマの隣に座った
真っ白な毛並みに長い耳、王侯貴族が好むボア感高い大きな尻尾を持つ赤い眼それは陽気な声で続けた

「君にも聖処女になって欲しくてね」

ナナは座っていた位置から引く事はなかったが、少し苛立ちの篭もった声で相手を睨むと
「耳毛ウサギ………、まだこのあたりにいたのか、エラに見つかったら鍋に入れられるぞ」
「僕の名前はキュゥべえだよ。憶えてよ。後なんでみんな食べようとするの?」
小首を傾げてキュゥべえと名乗った生き物は愛らしく聞き返した
「冬なんだ、食べられる肉を見逃す手はないだろ」
可愛さなどそっちのけの返事

「食べないでね。名前も覚えてキュゥべえよ、それでね」
棘の口調のナナと、ベッドのキュゥべえ。二人の会話にアルマが入ろうとしするが

「その話しは………断ったでしょ、私はならない聖処女なんかに」

アルマの説教に及び腰を見せたナナだったが、譲れない気持ちをきちんと答えた
ナナのきつく結んだ唇が意思の硬さを物語っているのを感じたアルマは

「やっぱりダメなのね」
諦めた口調で、緊迫していた表情を緩めた

「前にも言ったよね、私は聖処女にふさわしくないし、それに、なりたいなんて考えた事もない」
自分の意思をしっかりと念を押す顔、口元には怒りにも似た痙攣も見える
アルマにはわかったが、横に座ったキュゥべえは首をなんどか傾げると

「ナナにも願いはあるでしょ、僕どんな事だって叶えてあげられるんだよ」
赤い眼がナナの隠されている前髪の中の目を探すように覗くが
「願いなどない」
栗毛を押さえて言い放つ、頑なな石の壁のように跳ね返して
ナナは聞く耳持たぬと奇妙な人語を解する生き物キュゥべえを睨んだ

「近寄るなよ」
気味悪いと手で払う仕草を見せて、アルマを見る
「この話しはもうしないって約束だったでしょ。悪いけど私はマリア様に帰依してないから」
「ナナ、それは言わない約束よ」
きつい口調を押さえアルマは回りを気にして言い直した

「ナナ、教会があって教父様がいて、マリア様の教えを知る事で私達は今日を生きてる。なのにそんな事言ったら…リーリエのように町を追い出されてしまうわよ」

詰め寄った顔は本気で心配しているのを十分に感じさせた
ナナも思わず言い返した本音だったが、声を小さくして謝った
「ごめん…でも、まだそこまでマリア様を信じられないっていうか…こんな事が起こるのならばなんでマリア様が助けてくれないのかって…」