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アノンの父親捏造まとめ

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「あっ、マーガレットさん!」
 丸い黒縁眼鏡をかけた淀川という天界人が、マーガレットのもとに走り寄ってきた。
「お聞きになられました? 100人の神候補に競わせるって話!」
「よっちゃん。そんな話、私にしてどうするんだい」
 マーガレットはため息を吐きつつ淀川を見遣る。実はここ数ヶ月、ことあるごとに彼に付き纏われてきたので少々参っているのだった。
「それはもう、マーガレットさんは天界でも一・二を争う実力者で、神候補にも確実に…」
「興味がないんだよ」
 べらべらと喋る淀川から顔を背け、そう言い放つ。マーガレットにとって大切なのは、ずっと家族だけだ。
「何をおっしゃいます、マーガレットさんなら神の座だって狙えますよ! そして貴方が神様になられました暁には私を神補佐に、是非!」
「よっちゃん、うるさい」
 無頓着にそれだけ言ってやると、彼はようやく黙った。豆鉄砲を喰らったような顔の淀川を無視して、マーガレットは歩き出す。
(今日は大事な用があるというのに…)
 陽光の眩しい空を見上げて、また息をついた。

 5月8日―――彼の妻が亡くなったあの日から、ちょうど2年が過ぎた。早くも達者に喋るようになった3歳の息子を連れ、彼は妻の墓参りに向かう。
「ロベルト、ここは母さんがいちばん好きだった場所なんだよ」
 小高い丘の上、彼らの住むさほど大きくはない町が一望できる場所。
「ふうん、だからここにお墓をつくったんだね」
 自分を見上げる丸い目を見て、そうだよ、と微笑んだ。緑の上に佇む丸い墓石に刻まれている名は、もちろん妻のものだ。彼女がこの場所を好んだのは、この景色と丘の上の小さく強い草花たちが故だった。
「ねぇ父さん、あっちは?」
 ロベルトが、丘を上ってきたほうと反対側の下り道の先を指して訊ねた。
「あぁ、あそこは…」
 白く深い霧が立ち込めていて、近付いても1メートル先も見えないような場所である。
「あの中には決して入ってはいけないよ。切り立った崖になっていて、あの通り霧が深いから、入ったらどこからが崖なのかわからなくなってしまう」
「落ちたらたいへんなほど高い崖なの?」
 予想外な疑問を投げかけられた。おそらくロベルトは、この丘が落ちて大怪我をするほど高くはないことを考えたのだろう。
 ロベルトは驚くほど利口な子だった。マーガレットによく似ていて、天界力もずば抜けて強いというのに幼いうちから上手くコントールできている。言葉も達者で思慮深いので、周囲からは『天才児』を通り越して『神童』とさえ呼ばれているほどだ。
「…崖が高いんじゃなくて、崖の底が低すぎるんだ。あの崖は―――人間界に繋がっているんだよ」
 そんな息子の小さな頭に手を載せて、マーガレットは答えた。
「人間界? じゃあ、墜ちたら戻ってこられないの?」
「はは、近寄らなければ大丈夫だよ。分かったかい、ロベルト?」
「うん、父さん。僕、絶対あの霧の中には行かないよ!」
 きっぱりと言い切るロベルトの頭を、マーガレットは優しく撫ぜた。
「そうかい、それなら安心だ」
 と言って。

 そんな話をしているうちに、ロベルトは長距離を歩いたので疲れたのか眠りについてしまった。
「ロベルト、お前は…お前だけは失わないよ。絶対に」
 大きな丸い目を閉じて、草の上ですやすやと眠る息子の柔らかい頬に触れた。思ったより繊細で、とても傷付きやすいように思えた。美しく強かった妻が、命を賭して守った息子。
「もし僕の手が届かないほど離れてしまっても、すぐ探しに行くから…必ず見つけ出すからね」
 住み慣れた町を見下ろして、そう呟いたときだった。
「ん? ……!」
 不意に指の感触が消えたと思って振り向くとロベルトはおらず、代わりに、草の上には大人の人影ができていた。
「貴様…! ロベルトをどうする気だ」
 すぐさま立ち上がり、影の持ち主―――自分と同じ年頃の男を睨む。男はぞんざいに摘み上げた子どもを見下ろしていた眼を上げ、長い前髪の下からマーガレットの方を見た。
「…何者だ、お前は」
 マーガレットは敵意を押し殺した声で訊ねた。男は髪が長いことを除き、この地、天界では大よそ見かけないような容貌だ。紙は青みがかった紫で、瞳の色は…前髪に隠れて分からない。
「あれ、気付きませんか?」
 顎を上げてマーガレットを見下ろすようにし、男は笑む。
「……」
 何も言えなかった。マーガレットが気になっていたのはこのぞっとするような気配と、男に抱えられて眠っている愛しい息子の姿だけ。
「あぁ、そうか…これは可笑しい」
 鬱陶しいほどに長い前髪に触れながら、男は一人納得して、くっくっと愉しげに笑った。
「お前、いい加減に―――」
「マーガレット」
 神器を使ってしまおうとしたマーガレットの名を、男は呼んだ。そして前髪をかき上げる。
「はじめまして、ということになりますね」
 名前を呼ばれて初めて男の顔をまじまじと見た。どこかで見覚えのある頬と鼻筋の黒い模様と、
「―――紅い眼!?」
 驚愕したマーガレットの表情に満足げに笑いながら、
「私は地獄人のヴィノンと申します。早速ですが、あなたには消えてもらいます。私の計画のために―――」
「何…だと……?」
 マーガレットが顔を顰めた次の瞬間ロベルトが放されたかと思うと、背後に地獄人が立っていた。すぐさま振り切って後ずさる。ロベルトを守らなければ、ただそれだけがマーガレットの頭の中にあった。
 ―――決して失わないと、誓ったのだ。

 * * *

「…さっき言ったこと、撤回しよう―――君を殺すのが勿体無くなった」
 夕暮れの丘の上で、紅い眼をした地獄人が愉しげに言った。
「でもその代わり、…その体を貰うよ」
 地獄人の長い影は一歩ずつ、草の上に倒れて呻くマーガレットへと近付いてゆく。
「それじゃあ…いただきまーす」
 草を踏む音がやんだ時、長い影ががぱっと大口を開き、マーガレットの影は地獄人の影に呑まれていった。

 次に気が付いたとき、彼の意識は地獄人の中にあった。マーガレットとそっくりそのままの姿に変わった地獄人は、草の上に横たえていたロベルトを再び無造作に摘む。
「まだ意識がないか。まぁ、そっちのほうが幸せだねぇ」
 ゆっくりと、彼は歩いていった。丘の上の、霧の立ち込めた崖へ。
「確か、ここから落ちると人間界へ堕ちてしまうんだよねぇ、マーガレット?」
 彼はそう言ってくっくっと笑う。
 崖から下を見ると、霧に隙間がある。そこからちらりと覗く“人間界”は極めて暗く、すぐそばにあった。地獄人はすっと腕を伸ばす。ロベルトを抱えたままだ。
 ―――まさかコイツ…おい、やめろ!!
 その内側で、身体を乗っ取られたマーガレットの声が響く。が、それは地獄の住人の行動には全く影響しなかった。
「じゃ、行ってらっしゃーい♪」
 ぱっ、と手が離されて、意識を失ったままのロベルトは崖の下へ―――人間界へと堕ちていった。
(ロベルト……!)
 そこでまた、マーガレットの意識も遠くなる。