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君の傍へ

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「ウォルター、ちょっと辞書貸して」
 アンディは洗面所の方へ少し大きめの声を投げる。
 宿題をしていてわからない単語が出てきたのだ。
 洗面所の方からは、ドライヤーの音とともに『んー』という返事がかえる。
 アンディはため息を吐いて……できればウォルターに渡してほしかった……立ち上がって隣のウォルターの机に近付いた。
 本や雑誌やCDや服や日常用品やアクセサリーやなんだかわからないおもちゃやらガラクタやらの山をすり抜けて、なんとかウォルターの机までたどりつく。
 だが、机についた手が、積み上げられた紙束の山のひとつを崩してしまった。
「あーあ……」
 バサバサッと積み上げられた物の上に落ちる、メモやらレシートやら手紙やら。
 アンディはそれをひとつひとつ拾い集める。
(まったく、もう少し掃除しろよ……)
 同室の男のだらしなさにあきれ返る。
 ……いや、違うか。
 アンディはふと思い直す。
 この男の時は止まったようだ、と思うことがある。
 もちろん、今も未来もある。時は流れるものだ。ただ、この男の人生に、過去が降り積もっていく中で、その過去の何ひとつ消えることがない。
 たとえれば、それは溶けない雪。
 ある一点から凍りついた時間という氷の上に、ただ無数に降り積もってゆく時という雪。
 過去のある時から時間が動いていないのだ。
 だから、どんどん物が溜まっていく。何ひとつ減ることがない。
 それは万年雪のよう。
 『ハァ……』とアンディは重いため息を落とす。
 自分の方は、落ちたとたんに溶ける雪。
 何も持っていないし、何も持つことができない。
 アンディの机周りはきれいなものだ。
 ウォルターの方はベッドの上まで物でぐちゃぐちゃだが。
 正反対のふたり。
「あ……」
 考え事をしながら落ちた紙類を拾い上げていたら、開かれた封筒の中から、手紙とともに一枚の写真がすべり落ちた。
 慌てて拾い上げる。
 封筒にしまおうとして、自然と写真が目に入った。
 幼い女の子の写真。
 とても愛らしく、無邪気に笑顔をカメラに向けている。
(女の子……? なんでウォルターがこんなものを……)
 写真は結構古そうだ。それに比べて、手紙の方はどうやら今日届いたもの。
 不審に思って、ひらりと手紙を表に向けて目を落とす。
 『……エミリーの昔の写真が出てきたので……』
 数行目の文章が目に入ったその時。
 バシンッと強く手を叩かれる。
 手紙と写真が手から飛んだ。
 手首の激しい痛みと熱さ。
 アンディはゆっくりと振り向く。目を見開いて。
「……ウォルター……」


作品名:君の傍へ 作家名:野村弥広