君の傍へ
ギュッと眉を寄せ、鼻の頭に皺を寄せ、食いしばった歯をむき出しにして、赤く長い前髪のすきまから鋭く光る細めた目でいまいましげにアンディをにらみつけている。
「何やってんだ、アンディ……!!」
声は怒りに震え、おそろしく低められている。
「やっちゃいけないことだろ、それは……!!」
いつのまに洗面所から出て背後にいたのか。
全然気付かなかった。
(手紙が……)
アンディは飛んでしまった手紙を気にする。
呆然としてウォルターに視線を移す。
混乱する。
何を言えばいいのか。
「あの、手紙が……落ちて」
最初に落ちたから拾っていて、今も落ちてしまった。
うまく説明できない。
ウォルターは何故、何をそんなに怒っているのかと、ハテナばかりが頭をうずまく。
アンディは自分の『手紙』の一言で気が付いて、叩かれたのと反対の手に持っていた紙束を差し出す。
「はい」
悔しげな表情でギュッと唇を噛み締めたウォルターは、アンディの手からバシッと乱暴に紙束を奪い取り、机の上に置いた。
アンディの目は先ほど手紙をしまいかけた紙束の一番上の封筒を追いかける。
ウォルターに手を叩かれて持っていた中身を落としてしまった。
手紙と写真を。
だが、それはウォルターも見ていたはずだ。
「ウォルター……」
おずおずと目を上げて、その視線で訊ねる。
いいのか、と。
ギロッとにらみつけられる。
「見たんだな」
「……」
「見てたよな」
何も答えないでただ途方に暮れてウォルターを見上げるアンディに、重ねて言って、ウォルターは荒く息を吐く。
アンディはビクッとする。
触れてはいけないことに触れたらしい、いや触れたのだ、と心にようやく染み通る。
気後れがして、うつむき、小さな声を出す。
「……ごめん、ウォルター」
ウォルターはがしがしと頭をかき、片手を腰に当てて、もう一度大きく荒い息を吐いた。
「……いや、悪い。こんなとこに置いてた俺も悪かった」
投げやりに言って、それから声の調子を変えて、今度は本当に心をこめて言う。
「悪かった。謝るよ。手ぇ痛かったろ?」
「いや……」
気遣われてアンディはますます悄然とする。
悪いのは自分なのに。
ウォルターが手紙と写真を拾いに動く。
アンディはしょんぼりとしてうつむいたまま立ち尽くしていた。
してはいけないことを自分はしたのだ。
ウォルターを傷つけた。
アンディの手から飛んだ手紙と写真を手にウォルターは戻る。
「ほら、これ」
目の前に写真を出されて、『え?』とアンディは驚いてウォルターを見上げる。
これらを見たことで怒っていたんじゃなかったのか。
ウォルターは何やら得意げな笑みを浮かべてはずんだ声で言った。
「エミリーっていうんだ。可愛いだろ。俺の幼馴染みなんだ。……死んじまったけど」
「あ……」
アンディは少し身を退いて、戸惑い、ためらい、写真に視線を落とすことを拒む。
「ウォルター……」
「いいって。もう見ちまったんだろ、どうせ」
「でも……」
「見てくれ」
強く言われて、それに従う。
先ほどと同じ、無垢で朗らかな笑顔がそこにある。
ウォルターの幼馴染み、エミリーという女の子。
アンディに背後から覆いかぶさるようにして一緒に写真を見ていたウォルターが軽い口調で話す。
「火事で死んだんだ。教会で。一緒の孤児院だったんだ。やさしい子だったよ。それに明るかった。すごく……すごくいい子でさ」
写真を見つめるアンディの後ろでウォルターがフッと小さく笑う。
「きっと、今頃は天国で幸せに暮らしてるさ」
写真をスッと引いて、取り上げた封筒の中に手紙とともにしまい、それをまた紙の山の上にぽんと置くウォルター。
アンディの目はそれを追いかける。
最初はなんでもないような調子だったが、最後の言葉は……大切な大切な好きで仕方がない宝物のことを話すような、切ない響きまで込められたものだった。
それなのに。
そんな無造作に扱うなんて。
大切なものなんじゃないのだろうか。
一緒に孤児院で育った女の子。やさしくて、明るくて、可愛らしい、ウォルターの幼馴染み。火事で亡くなった。
……大事な写真なんじゃないのか。
ウォルターは口元におだやかな笑みを浮かべ、椅子に腰かけると、突っ立ったままのアンディの方を見た。