君の傍へ
「なぁ、アンディ。ポーの『大鴉』にさ、死んじまった彼女に天国で会えるかって問う男に、大鴉が<Never more>って答えるところがあるんだ。けどさ、俺は……俺はそもそも天国には行けないんだよ」
アンディは小首を傾げる。
いきなり何を言いだすのか。
……天国?
ウォルターは、フ……と微かに笑って、うつむき、自分の膝に目を落として、言葉を続けた。
「彼女は天国へ行ったさ。もちろん、あんなやさしくて思いやりのあるいい子だったんだ。天国にいるよ。でも、俺はっ……俺は行けない。罪深いから。だから……彼女とはもう二度と会えない。わかってる。彼女にはもう会えないんだってこと」
口元から笑みが消える。
ぐしゃっとかき上げた前髪を握りしめ、勢いよく吐き出す。
「知ってるさ……! 自分がどれだけ罪深いか。俺がいなければエミリーは……! 俺が手を離さなければエミリーも……! 俺は何もできなかった。ちくしょうっ……!!」
後悔の色濃く言って、ギリッと唇を噛み締める。
「……ウォルター……」
アンディは呆然として名を呼ぶ。
その激しい嘆きに、どうしていいかわからない。
「……アンディ。悪かったな、写真……」
チラッと視線を向けて、静かな口調に戻ったウォルターが言う。
「……まだ見られないんだ、あんまり。なんか……写真とか見ると、忘れちまいそうでさ。彼女のこと、過去にして、忘れちまいそうで。あんまり見たくない。だってさ、覚えててやらなきゃ、かわいそうだろ? 彼女は天国に行ったけど……神様のもとできっと幸せに暮らしてる、だけど……。でもさ、そう祈っててやらなきゃ、誰かが祈っててやらなきゃ、ダメだろ?」
俺が祈らないと、とウォルターは言う。
だから、神様を信じてる。
ああ……。
いろんなことがいっぺんに解けた気がして、アンディは小さく身震いする。
それで、それでウォルターは。
目を見開いて凝視するアンディの前で、ウォルターが十字架のピアスを指でいじりながら、唇を震わせて言葉を紡ぐ。
「神様はいるし、天国はある。だってさ、燃えちまってもう帰る場所もないのに、行く場所もないんじゃ、エミリーがかわいそうだっ……!!」
首を横に振り、地面に向かって激しく叩きつけるように言う。
だが、一転して、静かな声に戻って言う。
「……だから、アンディ。神様は絶対にいるし、天国は必ずあるんだ」
ウォルターが振り向いて、二カッと無理やり作った笑みを見せる。
アンディは目を伏せる。
ああ、そうか。ウォルターは。
その時から時が動いていないのだ。
ウォルターの視界で燃え続ける赤。
長い赤い前髪はすべてを燃やし続け。
この男はそれを見据え続けて。
愛しい彼女を忘れないために。
過去にしないために。
彼女が天国で暮らせるように、と。
「……悪かったな、こんな話しちまって」
フッとうつむいて笑って、ウォルターが立ち上がる。
ベッドの方へ向かいながら、壁を見つめてぼそっと吐く。
「俺は天国には行けない」
その見つめる先には本当は何があるのか。
「俺が彼女にできるのは、もう祈ることくらいだ」
だからウォルターは神様を信じてる。
自分を救わない神様を。
彼女を天国に住まわせるために、自分は地獄を選んだ男。
その横顔を、アンディは黙ってじっと見つめる。