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あやめ@原稿中
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【サンプル】accele rando【新刊】

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 三連音の最後の一音、シのフラットを翔はいつもなんらかの形で間違ってしまう。時には次の音に気を取られて、またある時は間違えまいと意識しすぎるあまりに。
「お前がさっき弾いたのは?」
 苛立ちを隠そうともせず、砂月は棘の含んだ声で続きを促す。こうなった砂月がこの後どんな事を言いたすのかは、暫く一緒に練習を続けていて学んでいる。いつも以上に心を抉る様な言葉が飛んでくるのだろう。予想がついてしまう為、内心逃げ出したい気持ちになりながらも、翔は言いにくそうに口を開く。
「普通のシ」
 小さく返された言葉に砂月の眉間にシワが寄る。表情が変化していく様を、ただ見るしか出来ない。罵られるだろうか、呆れて今日は終わりと見切りをつけられるだろうか。しかしどうしようもないのだ、自分でも何故この場所をいつも間違えてしまうのか分からない、砂月が帰ってくる前に何度も何度も練習したのに、何故か完璧に弾くことができない。原因が分からなければ直す事も出来ず、翔はいよいよこの生活に行き詰まりを感じ始めていた。
 そんな意気消沈した態度に、砂月は深いため息を一度つくと、手に持ったままの楽譜を譜面台に戻し、未だ翔が構えたままのヴァイオリンを横から奪う。
「………お前、何が駄目で弾けないのか分かってないんじゃないか?」
「え―――」
 手持ち無沙汰な両手を宙に浮かせたまま、驚いて砂月の顔をまじまじと見てしまう。呆れた声色で紡がれた言葉は、まさに今自分が悩んでいた事であったからだ。まるで心の中を見透かされたような感覚に陥りながら、何か話さなければと言う翔の意思に背いて、唇からは声が出ない。
「見てろ」
 肩当ての高さを調節した後、砂月は先程まで翔が使っていたのと同じヴァイオリンを使って同じ曲の同じ部分を弾いてみせる。小川の様に軽やかに紡がれ、夜空に輝く星の様に煌びやかな音色。楽器から溢れ出る一音一音が周囲の大気を震わせ、振動が音と共に聞く者を酔わせる。
「すげぇ――――」
 音が止むと同時に、翔の口から漏れ出たのは感銘の言葉。飾り気のない一言だったが、彼が聞かせた演奏に下手な感想はいらなかった。ただ一言、上手い。
「これは俺の音だ、今からお前がやってる様に弾くから、弓の動きをよく見ていろ」
 返事も聞かずに再び弓を構える。先程弾いた様に砂月が紡いだ音が部屋を満たしていく。しかし目の前で比較の為に二度、問題である場所を弾いてもらったのだが――。
「どうだ?」
「どうって言っても、同じだろ?」
 そう、同じなのだ。少なくとも翔の目から見て今の弓使いも、初めに弾いてくれた時の弓使いも同じ。やはり自分の音や癖を客観的に見るのはそう簡単なことではない、だから分からないのだろうか。答えを知っている筈の砂月の反応を待つ翔に、満足そうに一度笑い、砂月は答えを口にする。
「そう、同じだ。同じだから駄目なんだよ」
「は? どう言う事だ?」
 同じではダメ、意味が分からないと不審がる翔に対し砂月は、弓を机に置き、一定の距離をとる。そして真直ぐ腕を伸ばし翔の肩を強く掴む。
「ちょっ! 何するんだよ!」
 かなり強い力で肩を掴まれ、いきなりの行動に慌てた翔は、肩を掴まれた腕を振り解こうとするが、掴まれたままの腕を引っ張ったり押したりしてもビクともしない。ここで砂月を突き飛ばせればいいのだが、一定の距離をとられている以上、体格差がありすぎることで翔が砂月と同じように腕を伸ばしても、砂月の体に触れることはできない。
「なんで振り解けない?」
「はぁ? そんなのこの距離だと俺の手は届かな―――。あ………」
 体格差があり、パーツ各々のリーチが砂月と翔では異なる、それ故に翔から砂月を突き放すことはできない。二人は同じではないのだ、リーチの差は勿論、弓を弾く腕でも存在していて、翔は一般的な男性の平均身長より低い。常識的に考えれば腕も短いという事になる。だというのに皆と同じように弓を操れば弊害が出てくるのは当たり前の話で、人より腕が短ければ特徴に合わせた弾き方をしなければならない、ましてや平均より身長の高い砂月と同じように弾いていたのでは当然上手くいかないに決まっている。と、いう事を砂月は伝えたかったらしいのだが、どうもやり方が気に入らない。
「お前分かりにくいんだよ、一言いやぁいいだろうが」
「自分で気づかなければ意味がない」
 砂月があえて距離をとってから翔の肩を掴んだのは、自分たちにあるリーチの差に気付かせるため、強く力を込めたのは、そうすれば翔が間違いなく腕を振り解こうとすると分かっていたから。
 翔の抵抗がなくなったのを見て、掴んでいた肩から手を放し、ヴァイオリンを翔へ返す。そして自分もヴィオラを構えて調音を始め、譜面台に楽譜を置いた。
「分かっていると思うが、弦楽器の中で一番弓が長いのはヴァイオリンだ。弓を端から端まで完璧に操るにはテクニックの他に自分の腕の可動域をしっかり把握しておく必要がある。お前は人より幾分か可動域が狭く腕が短い、自分の特徴に合った弾き方をしなければ、正しい音を奏でることも個性を出すことも難しいだろう」
 ヴィオラの調音が終わると、砂月は翔の持っているヴァイオリンの弓をひったくり、自分が持っていたヴィオラの弓を代わりに渡した。
「え、ちょっ」
「それで弾け、弓はヴィオラ方が短い、その代り少し重く作られてはいるが、別に弓の長さや重さに規制はないんだ、自分が使いやすい長さ、形の弓を使えばいい。一般的なヴァイオリンの弓はお前にはまだ長すぎる」
 自分がどの程度まで弓をコントロール出来ているのか、どの程度なら苦にならないのか、それが分かるまでは一般的な物で無理やり練習するのではなく、一旦環境を変えて変化の中で見つける。砂月は変化の中でこそ人は進化し成長すると知っている、できない事を無理やり続けるのではなく、見栄を張らず一旦環境を変え、自分への理解を深めていく。この場合は弓の長さを変える事がそれに当たる。
「お前はどうするんだよ」
 ヴィオラの弓を翔が使うなら、砂月が弾く際はどうするのか。奏者であれば予備の弓くらい持っていても可笑しくはないが、翔が知る限り、那月はこの部屋に予備を置いていない筈だ。だとすれば学校の備品で弾くのだろうか、それでは砂月に対して変な気を使ってしまいそうで、気分がよくない。
「お前の弓を使えばいいだろう。俺ならこれでも問題ない」
 有無を言わせずさっさと自分のヴィオラと翔の弓を使って感覚を掴もうと音を出す砂月に促され、翔もヴァイオリンを奏で始める。最初こそいつもと感覚が違うため違和感を覚えたものの、すぐに馴染んでいき、ヴァイオリンのより幾分か短い弓に対し、確かにこれは弾きやすいと感じるようになっていた。
「これ、暫く借りていいんだよな?」
「ああ」
 結果的に互いの弓を交換して練習するという事に落ち着いた。お互い感覚を掴んだ後、久しぶりに砂月がヴィオラを構え、翔と一緒になって楽譜を追う。勿論そう簡単に進む筈もなく、結構な頻度で砂月の罵声が飛び練習は中断されたが、同じ空間で同じ音楽を求め奏でるうちにふと翔はある疑問を感じ、砂月の顔を盗み見る。
「………なんだよ」
「いや、別に」