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ワルプルギスの夜を越え  4・災厄の実と魔女の卵

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商家への婚儀は、教会と商家の取り決めで行われる大人達の約束でしかなかったが、それでもラルフに付いて世話をしてきた老人にとっては嬉しい事だった
次男坊である事で直系を継げなかった宙ぶらりんのラルフは、生活を乱すほど暴れる事はなかったが気力なく町の若い衆達と遊び回っていた。こんな田舎町で
長男は隣町の商家から嫁をもらい、町同士の繋がりを強くし商売の交流を強めていたが、ラルフにはそれがなかったところに、教会との結びつきを得る機会を得られたのは暁光だったらしい

だが老人はそれ以上の喜びを持っていた

「アルマ。お前さんのように若く美しく読み書きもできて、規律正しい嫁に来て貰えれば坊ちゃんもしっかり仕事をするようになるだろう。本当に嬉しいよ」

黒く焼けた顔に、ガタガタで残り少ない歯を笑わす
たき火を作った円の中で老人はひたすらに感謝を陳べていた
一方でナナは円形の警戒をし終わり、アルマから離れた石の上に座っていた
闇色を深く落とした森の中に広げられた釜戸、露天にあるのは修道院に登るときに必ず夜場所であるため、町の者達が野宿の場所として開墾しておいてからだ

「おいナナ、獣は来てないんだろうな」

梟の鳴き声しかなかった場に突っ慳貪な怒鳴り声
弓を片手にした髭面はナナから離れた位置で聞いた

「火をたいたらそう簡単にはこないよ、風の中に匂いもないし、今夜は大丈夫だよ」
声に対してナナは背中を見せたままで答えた。
両手首に火打ち石を括ったリングを着け、それをカチカチと鳴らしながら遠いたき火を見て
一人呟く
「へっ、獣なんて火で追っ払ってやるよ、臆病者の百姓め」と

ナナのところからアルマのいる場所は遠かった
教会に仕える男達数人と、商家からの共にきた老人と2人はたき火の周りに集まっているのに、ナナは一人離れたところで、自分が何のためにここにいるのかを理解していると態度で示すと火のないところに小さく丸まって座っていた
人の輪に入らないようにずっと背中を向け続けていたが

「ナナ、火に当たらないの?冷えるわよ」

老人との話を終えたアルマが器にスープを持って話しかけた

振り返ったナナは、遠目に大きな火を囲む者達を見ると
「そっちには行けないよ、私がいるとみんな怖がるんだもん」
ナナは鼻で笑って火の周りに集まっている男達を見た
明日に備えて眠るだけの者達は数人横になり、何人かが火の番をしている
アルマと話しをしていた老人は座ったまま火に手をあぶりウトウトしている

「二人でいた方が暖かいでしょ」

アルマは気にしない顔で手を引くと

「ナナに受け取って欲しいものがあるの」と歩きながら赤いリボンを見せた
「それって………リーリエとお揃いの」

一応回りを気にしてか男達から少し離れた所に、小さく作られたもう一つの囲い火にアルマはナナを連れて行くと

「そう、もう娘ではいられなくなるから。ナナに受け取って欲しいの」

娘ではいられない
アルマは祭りの後に、男の元にいく。もう生娘ではいられない
小さなオシャレも髪からほどき、大人になっていくために
アルマとリーリエが前年の祭りの時に二人で手に入れた長めのリボン。二人が親友である証として持っていた大切な物

「受け取って、今回修道院に行くために苦労を買ってくれたナナに、貰って欲しいの」

「でも………私には似合わないよ」

分厚い前髪で目を隠したナナは、俯き顔の全てを隠そうとした
「アルマ、気持ちだけ貰っておくよ。それはヨハンナかロミーにあげて、私は………ダメだよ。似合わないし、リボンでなんかごまかせないよ。この顔をみんなが怖がる。だったら目立つものはない方がいいよ」
「ナナ、貴女は可愛い。自分を卑下しないで」

俯く顔をアルマの両手が掬う
両頬に触れて顔を見ようと近づくと、ナナの前髪を割って隠されていた顔を見つめる

「ナナ、私の大切な妹にして家族。私は貴女の事を恐れたりはしないわ」
「無理だよ」
手から離れようとする顔

「私の顔は気持ち悪いでしょ、みんな私の目を怖がる。見ちゃダメだよ、みんなアルマの事を悪く見ちゃうよ」
振り払って自嘲気味に口を横に開くと

「知ってるでしょ………私が町の人達になんて言われているのか、私、魔女の卵って言われてるんだよ。付かず離れず、私は羊小屋のみんなが私が居る事を許してくれてるだけで………もうそれだけでいいんだ」
「ナナ、どうしてそんなに自分を貶めるの、貴女は教会のために野山に羊を連れる大事な仕事までしているのに………そんなふうにいうものじゃないわ」
離れようとするナナの肩をアルマはきつく抱いた

「無理なんだよアルマ、私は産まれた時から呪われてるんだ」
自分の心を、自分で叩くように話す
「それに私もすぐに娘でいられなくなるよ。外でこういう仕事をしている女なんて………」
まだ薄い自分の胸に触れて
「それように生かされてるみたいなものだよ。私の道はもう決まってる。何処にも行けずに………ここでゆっくりと死ぬ」

歳は自分より2つ下のナナの言葉にアルマは悲しくなった
ナナが産まれ持ったものによって、町の人達から白い目と距離のある態度を取られている事は知っていた
教会からの大役を貰っても、それを誇りに思えない程傷ついている事がたまらなく悲しかった

「ナナ、このリボンは私の約束。私アルマはラルフの元に嫁ぐけど………この先どんな事があって貴女の家族である事を誓うわ。羊小屋のみんなも、エラもシグリもヨハンナもロミーも………もちろんリーリエも。私達は孤児だけど、私達という家族なの、それを忘れないで」
アルマはナナの髪を分けしっかりと顔を見つめると額にキスをし、強く胸に抱きしめた

「アルマ………」

月に照らされた涙が頬を伝う。抱かれるままに胸に顔を埋めたナナ
自分の前にアルマが居てくれたことを感謝した
いつまでもこうしていて欲しいと願う程に………

「………アルマ、獣の匂いがする………」

抱かれた胸の中で目を見開いたナナ
アルマも同じように警戒に顔を上げていた
「森が回ってる………魔女の結界………」

それは突然静寂の森を動かしていた
けたたましい鈴の音と、浮かぶ横一線の目、黒い首だけの山羊たちは赤い口を大きく開いて浮かび上がっていた

「ナナ、私から離れないで」

闇よりも薄く紫に沈む森の中、うごめく木の枝と不気味な一つ目の山羊たち
アルマは光の卵をかざすと、自らを輝かし戦いへの変化を遂げる

「魔女を打ち払うわ!!」






イルザは眠れない時間を過ごしていた
主の婦人は昼間、他の貴族や商家の婦人達と泣き笑い、色々と語らった末にいつもどおり疲れた眠りについていた

「月は綺麗なのに………」

主であるアーディ婦人は悪い人ではなかったが、悲しみを紛らわすための行動はイルザにとって目を汚すような行為にしか見えなかった
娘イリーネの事を思ってと泣きはするが、その実病弱だったイリーネに手をかける事嫌い離れの一室に閉じ込めていた事
他の兄弟を愛し、誕生日さえ忘れていた母である事を良く知っていたからこそ、この旅の意味を見失う気晴らしの逗留を嫌っていた

「私………どうなるのかしら」

不安
イルザの仕えるべき主はイリーネだった