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窓辺の乙女

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さて、言い負かされた小鷹が目の前で重苦しいため息をつくのを見て、夜空の心に少なからず罪悪感が浮かんだ。とはいえこれは決して星奈のためのものではない。なるべくやわらかな声を作って、
「私とあいつの関係はもともと悪かったんだ、これくらいのことでなにかが変わるわけでもないよ」
「けど、やっぱり星奈に悪いだろ」
「小鷹は私の味方をしてくれないのか?」
「なんでお前はすぐそう、対立を煽る方向に持って行きたがるんだ……」
(女がふたり、男ひとりを間に仲が悪ければ、それが対立以外のなんだろう)
思ったものの、自分の感情をはっきりさせたいわけでもない夜空は反応を肩をすくめるだけにとどめておいた。
「私は、謝ればいいのか?」
「それにお礼もしておけ」
「こっちからも贈り物をしろと?」
「できればな。お前も見ただろう、あれは、かなりいい毛糸を使っているぞ。出発してからもきっと役に立つ。俺が直接星奈に言いたいくらいだ」
「なら小鷹がすればいいじゃないか」
「……気まずいだろ」
「なら私に押し付けるな!」
ふたりして顔を俯かせてため息をついた。結局同じような理由で二の足を踏んでいるのだった。


事件から一日置いた日に、小鷹は星奈と話をしに屋敷に赴くことになっていた。そうして帰ってくるなり夕食をテーブルに並べていた夜空(小鷹の帰宅に食事の時間を上手く合わせられたので機嫌よく鼻歌混じりだった)に、
「あいつ、凹んでたぞ」
「ほう、これから私にものを食べさせてもらおうとするときに他の女の名前を出すとはいい度胸だな」
「……お前、星奈を凹ませた自覚はあるんだな」
自覚もなにも、あからさまに失望した、情けない顔を夜空はこの目で見ている。
泣き出す前から赤らんでいた目尻が浮かんだせいでつい手を止めた夜空を、腰をおろして見上げた小鷹はひどく真剣な表情をしていた。
「ひとつの話を終わらせたあと、同じ話をもう一度はじめてもまったく気づいてなかった。……俺が言うのも、お門違いだろうけど」
声、かけてやれよ。
(ああまったく、ほんとうの門違いだ)
流石に言い返せずに、夜空は黙りこくったままスープを飲み、ライ麦のパンを頬張った。心が静まり、満たされるはずの時間が頑なな沈黙に支配されたことを心のなかで星奈のせいにしてさんざ彼女を罵ったが、ほんとうは咎は自分にあるのだとも分かっていた。
けれどどうすればよかったというのだろう。
夜空と星奈にはたしかに両親を亡くしたという共通点がある。それをもって小鷹はふたりが通じ合えると信じ切っているようだが、夜空に言わせれば違いを目立たせるだけの要素にしかなっていない。
夜空は未だに自らの世界が暗転した日を夢に見る。響きわたる下品な高笑い。逃げ惑う召使ども。広がり、崩れ落ち、黒い空までを燃やした火。親族を見つける間もなく火に追われ、取るものも取り敢えず逃げ出した夜空は、そして放り出されるようにひとりになった。小鷹が見つけてくれなければ、夜空が小鷹を見つけなければ、とっくに忘れ去られ、息絶えていたことだろう。
会話のない夕食とその後始末が終わっても、ふたりはなおどちらも押し黙ったまま、やがて小鷹が先に毛布にくるまり、夜空もまた寝む体勢に入った。
不用意に記憶の蓋を開けてしまったのは分かっていた。こうなってしまった以上、昏い思い出を避けるには先に進むしかない。だから夜空は小鷹について考えることにした。小鷹との出会い――いや、小鷹が見つけてくれた日のことだ。
家が燃えたあと、夜空はとある修道院になんとかして潜り込んだ。浮世から離れたシスターらと同じものを食べ、同じように自給自足のための庭での作業に明け暮れたが、礼拝には参加せず、宗教の道に入るつもりはさらさらなかった。といっても祈りそのものに嫌悪を覚えていたわけではない。未だに長く伸ばしている髪を切りたくなかったのだ。心のどこかで、居心地の悪さばかり感じていた一族の誰かとの再会を心のどこかで願わずにはいられなかった。もっとも、小鷹といる今、髪を切ることのできない理由はより積極的なものにすり替わっている。
そして小鷹。
領主の邸宅に居候していた彼を修道院は邪だと決めつけたが、夜空はそう思わなかった。外出の機会を捕まえ、領主の息子と話をする姿をひと目見た途端にわかった。修道院に戻ってすぐ、夜空は旅の支度をした。そうして彼が経つ日に、街の出口まで先回りをして待ち伏せた。
拒まれるとばかり予想していたので、制止されながらもあとをついていく展開を覚悟していたのだが、小鷹は意外にもすぐに頷いた。ひとりでの旅にうすうす限界を感じていたのだという。連れがいれば、信用されやすくなるのだという。
『俺は、こんな顔だから』
苦くなんとか笑い飛ばすのでもなく、ほんとうに苦虫を噛み潰したような表情で小鷹はそう言う。けれど夜空には違うと分かっていた。ひとを殺さんばかりの鋭い眼光をしているくせに、力を扱う者らしくもなく訥々と語りを進める小鷹の、その滲み出る誠実さがいまも昔も信頼を得ている。夜空ひとりを連れていたところで変わるものではない。
兎も角、行く先々で夜空は小鷹の妻となり、旅の修道女となり、まじないを扱う女となった。必ずと言っていいほどひとつの部屋で泊まったが、小鷹が境界を越えることは一度もなかった。
とてもしあわせな日々は、いまも続いている。
だから。
だからなおさら星奈が恐ろしかった。
ひとところに長く留まり過ぎている。夜空の足が治るまでは動けない。星奈はほんとうに、小鷹しか知らない。
(だって、私もそうなんだもの)
手に取るように分かる、憧れの視線がいつか、他の感情に変わっていくこと――。
そして星奈は、夜空のように認められない理由をひとつたりとも持っていない。


翌朝、まんじりとも出来なかった夜空は結局日が昇る前に起き出した。小鷹を起こさぬよう朝食の
用意だけ済ませたのち、枕の下から取り出した布包みを手に外に出る。ひんやりとした空気は、しかし姿を見せはじめた太陽の明るさのおかげでそれほど冷たさも感じない。念のため毛布を膝にかけてから、夜空はそっと包みを開いた。
夜空の手首から肘までと同じ長さをした、こどもにも扱いやすく作られた短刀である。握りしめる柄には鍍金が施されており、装飾的な彫り込みがなされているが、彫りが浅い故に実用性は保たれている。鞘から取り出した切っ先を見もせずに夜空は指先を斜めにあてがい、血が流れ出るままに任せた。しかし赤い液体は土に落ちることなく、薄い光を伴って刃に吸い込まれてゆく。やがてかすかな傷口を残して流れが止まると、光もまたなにごともなかったかのようにただの短刀を残して消えた。
「また、修道院にでも入るかな」
呟きとともに、夜空の唇に微苦笑が浮かぶ。鞘に戻した刀の柄をそっと撫でれば、もはやなんの変哲もない光景でしかなかった。
夜空が燃え落ちた家から持ち出した数少ない私物のなかでも、この短刀は一等大切にされている。といっても思い出が染み込んでいるのではない。短刀に纏わりつくのは、代々伝わるまじないであった。
作品名:窓辺の乙女 作家名:しもてぃ