apple blossom
ジャブジャブと水を流して手首を洗う。
ハンカチを湿らせて首もぬぐう。
それでも匂いは完全に落ちない。
「apple blossom」
隣に立って見張るようにしていたバジルが言う。
「リンゴの花だ。ユニセックスのフレグランスで、大切な人に贈ることが流行ってる。英語にappleを使って『目に入れても痛くない』って言葉がある。そこから来ているらしい」
「ふーん」
それがどうかしたのか。どうでもいいけれど。
そう思いながら、アンディがハンカチを濡らしてしまったので使えずに濡れた手を振っていると、バジルがキレイにたたまれたハンカチを寄越す。
今日のバジルは、白いシャツに黒いショート丈のベスト、黒いネクタイをして、ブラックデニムパンツを穿いて黒い編み上げブーツという、たいそうシックな姿。
「アリガト」
アンディは手をふいたハンカチを返そうとした。
ピタッと手で止められる。
「返すな。汚い」
「ええ……今洗ったのに?」
「そうじゃない。アイツの匂いがついてるだろ」
心底嫌そうに目を細くしてバジルが吐き捨てる。
(そんなに匂うかな……)
くんくんとハンカチの匂いを嗅いでみるが、何も感じない。
そんなアンディを一瞥して、バジルが向きを変える。
「行くぞ、アンディ」
公園の入口に向かって歩き始めたバジルに、アンディもハンカチを急いでポケットにしまって後を追いかけた。
ジロジロと横目でアンディを眺めたバジルは、いまだ不愉快そうにぼそっと言う。
「もうそんな匂いつけてくんなよ」
「……」
アンディはきょとんとする。
そう言われても。つけたくてつけてきたわけじゃないし。
でもそれを説明するとバジルは余計に怒る気がした。なにしろ大嫌いなウォルターの名前が出てくる。
それでもウォルターに対して何か申し訳ないものを感じる。
「悪くない匂いだと思うけど」
試しに言ってみると、バジルは鼻を鳴らして顔を背ける。
「てめぇのせいで遅くなった。急ぐぞ」
「うん」
待ち合わせからもうすでに二時間近く経ってしまっている。
自然と帰るのが遅くなる。
アンディも急ぐことに異存はない。
作品名:apple blossom 作家名:野村弥広