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情火

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 その送り主である大谷吉継は、これからというときに病を得て以来、豊臣の表舞台から姿を消している。そんな男と幾度もの書簡を交わしていたあるとき、男は内密に中国を訪れた。そうして口元を歪めて問いかけてきたのが、これだ。
「さて……」
 書面より、この男が大して豊臣を大事にしていないことは伝わってくる。しかしそれで毛利を試しているだけかもしれない。無論、吉継に関することは徹底して調べさせているが、かといってそれを鵜呑みにすることが恐ろしいことは百も承知だ。
 言葉を濁せば、差し向かう男はヒヒと笑う。
「ぬしはわれを警戒しすぎよ。言うたであろ、われは豊臣の世に興味などない。ゆえに、豊臣の綻びもよく見ゆる」
 豊臣は半兵衛亡き後、諸国に無理をさせすぎている。その一端、いや多くを担うのは、この吉継が友と呼ぶ三成。それを諫めるでなく協力している男はといえば、豊臣崩壊に加担しているといって差し支えはないだろう。
「……なにゆえ、貴様は豊臣を守らぬ」
「守る価値がない故よ」
 問えば、ずばりと答が返る。それは豊臣の重臣にあるまじき発言だと眉を潜めれば、またヒヒと笑う。
「…われが求めるは、ぬしと同じ乱世よ。われにはわれが欲するものがある。ぬしが欲するものと同じようにな」
「信じられぬな」
「なに、ぬしは疑い深い。われのこの身を見よ。この朽ち果て行く身で、なにゆえ豊臣の世に執着せねばならぬ」
 かつては美丈夫と評された面は、包帯によって多くが隠されている。病を得てもなお、秀吉や三成の信は厚いと聞く。なのになぜこの男は、豊臣を裏切るような言葉を発するのか。
 ――真意が測りきれぬ。
 細くなる眉尻に、男は滑稽なことよと肩を竦めてみせる。
「……なれば、とっておきの話を。ぬしも知っておろ、徳川のことは」
 わざとらしく声を潜め、そうして周囲をちろりと見やる。異形の男がそれをすれば、否応にも気味が悪い。
「近く、豊臣を裏切る」
 そうして囁かれる声は、あまりに間抜けな言葉。
「………それは、どういう意味だ」
「言葉通りよ。奴とてそろそろ堪忍袋の尾も切れよう。秀吉様が、また無理難題を仰せゆえな」
 低く問えば、困ったものよと顎をさする。まるで他人事の茶のみ話のような、そんなやり取り。
「ぬしも、欲すればよい。普くこの世の――」
「それが真実であれば、豊臣の臣たる貴様が取るべき手段は、たったひとつではないのか」
 茶番に付き合う必要はない。我を試すのではなく、先に手を打て。そう暗に秘め切り捨てれば、男は痩せた肩をひょいと竦める。
「そうよな。故にわれはぬしに会いに来た。それが答よ」
 暗い眼が、こちらの目を射抜く。騙すのには慣れているし、騙すときこそ人の目を見るのは、元就もよく使う手だ。ただ、これまでの情報と大谷吉継という男の気質、それらをすべて加味してゆけば、これが真意という可能性も残されてはいる。
 ――無鉄砲な男も厄介だが、腹の内が読めぬ男も厄介よ。
 ひとつ息をついて目を閉じる。そういえば、この男の病は、同じ室に居ればうつるなどという噂もあったななどと思い起こされ、笑みがにじむ。よほどこの男の身体には病より厄介なものが巣食っているのに、世の者どもは見た目ばかりに惑わされ愚かしい。
「何が可笑しい」
「いや、こちらのことよ。しかし大谷。貴様は我に何を求めるというのだ。我は豊臣の行く末などどうでもよい。貴様の言い分であれば、それこそ徳川に加担してやったらどうだ?」
 豊臣の世を崩壊させることは、確かに徳川ならば可能だろう。あれは豊臣の、獅子身中の虫。なんといっても、戦国一と名高い本多忠勝を有する限り、徳川兵士の心が折れることはないだろう。
 だが、元就のたわいない言葉にはじめて吉継の顔が嫌悪で歪む。
「やれ、悪い冗談よ。われはあれが酷く憎い」
「……ほぅ?」
 語尾を上げ続きを促すが、歪んだ男の顔はまた無に戻る。ただ、無言はさして続かない。意外と喋りらしい。
「毛利よ。ぬしの望みは毛利の安寧。我の望みは乱世。お互い、天下人など望んでおらぬ」
 そうであろ? 問われるも、安易に頷くこととは出来ない。ゆえに沈黙を貫けば、ヒヒ、とまたあの引きつった笑い声が響く。
「徳川が腰を上げたあとに、またぬしとはひそひそ話をしようぞ」
 ――そう、そんな話もあったのだ。
 だからこそ、あの男の出方を探るべく、伊予河野の輩も使う。
 そちらのほうが肝要なこと。なのに、不意に浮かぶ笑みには困ったものだ。
 乱世がくれば、よい。まどろっこしい手など打たずとも、自ら瀬戸海に出て、思う存分あの男を殴ることができる。
 それが毛利元就として、らしからぬ感情だということは判っている。ただ、あの男――長曾我部元親――だけは、いつも元就の感情を逆なでる。
 現に今も、遠き海上より白い煙が空へと昇っているのが見える。あのような煙が立つ理由などたたひとつ。船が燃えているからで、なぜ船が燃えるかといえば答は明白。
 またも、豊臣からいらぬ抗議が届くのだろう。それは日に日に量を増し、圧力をかけてくる。
 吉継は家康のほうの堪忍袋の尾が切れるといったが、それが事実ならば早く切れてもらいたいものだ。毛利とて、耐えるには限界というものがある。
 かつて、徳川と長曾我部には深い親交があったと聞く。ならば、そのまま長曾我部も巻き込んで、徳川と豊臣が派手に争い合えばよいのだ。それが、元就にとっては一番望ましい展開といえるのだから。



 しかしである。
 あれから暫くして起きた徳川離反を告げる早馬にも、吉継から早々に届いた書状にも、一言も長曾我部関与の文字はない。
 こちらにあれだけ人情を説きながら、実際のところは何もしないとは。長曾我部が保身に走ったか、それとも単に徳川が単独で事を起こしたか。
 情報を集める限りおそらく後者ではあるが、それにしても家康の根回しはよくできている。天下を治める豊臣が堕ちたというのに、家康を責める声は一向に聞こえてこない。それどころか、早々に次の天下人は家康という気配すらある。そんな男が、はたして長曾我部と一切の連絡を取っていないなどとは、軍略的に考えにくい。
 ただ、四国に住まわせる透波からは徳川の使者が訪れた話は聞かないし、相変わらず長曾我部は瀬戸海をのん気に荒らしては姫巫女と小競り合いを繰り返している。
 ――やはり、四国も九州も放置か。
 世の中心から離れた島は、どの時世においても常に後回しにされている。家康がかねてよりの絆で、放置しても問題ないと判断したことも可能性としてはないこともない。
 元就ならば、確実な勝利のため使える駒はすべて配置しておく。ただ、今回の離反劇は、かねてより可能性は高かったものの、秀吉の周囲からたまたま側近たちが離れた偶発的な面もある。
 ――どちらにせよ、世は乱れる。
 豊臣も大将が落ちた程度で崩壊する規模ではないし、困った男ではあるが、跡目を継ぐ存在もいる。それに吉継がしっかりと舵を握るだろう。あれはあれで、徳川の天下など望んでいないのだから。
 その吉継から届けられた文には、今度こそ毛利の協調を求める文字が並んでいる。
作品名:情火 作家名:架白ぐら