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情火

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 互い、欲する世が目の前にある。ならばこの盤上、少しばかりは面白く、そして気を晴らさせてもらおうではないか。
 海が見える室で、元就は筆を取る。
 賽はすでに投げられた。家康は天下を狙っている。その徳川が次にすることは何かといえば、味方を増やすことだ。
 何も手を打たなければ、いずれ長曾我部は徳川の味方となる。ならば、豊臣方には毛利の助力と引き換えに、かの絆を断ち切ってもらいたい。
 それは病を得なければ豊臣の将として大成したと言われる、吉継を試す行為。それにもし吉継が失敗されたところで、今度こそ元就自身が毛利水軍を率いて海に出ればよいだけのこと。もはや、頭上を押さえ込もうとする秀吉の陰はない。
 そう、ようやくだ。
 島影浮かぶ海原では、またも白い煙がゆらゆらと紺碧の中に踊る。それがたとえ長曾我部のものであってもなくても、もはや関係などない。毛利がひたすら耐え続けた時間は、長曾我部にとっては自由な時間であった。それが逆転して、何が悪いというのだ。
 ――我は、貴様の存在そのものが憎いのだ。
 独りよがりな男の声が思い出されて、だがそれを踏みにじることを思えば、不愉快も和らぐ。
 文を結んで小姓を呼びつけると、内々に運ばせる。それと同時に密会の準備を始めれば、これまで緩めておいた頭の螺子がきりきりと絞まっていく。それは智将と呼ばれる男の覚醒であり、冬の雪解けにも似ている。
「文は読んだ」
 忙しい身の上であろうに、早々に中国へと足を運んできた吉継は、手短に話を進めてくる。
「して、出来るのか」
 こちらも、不要な言葉は発しない。かつて、半兵衛と繰り返した会話のようだと笑うが、共闘というものは一度もなかった。思えば、一度ぐらいはあっても面白かったかも知れぬが、それは今更のこと。
「出来ぬとは、言えまい。われとて、長曾我部が徳川に加担するのは面白くない」
「四国を滅ぼす方法は任せる。徳川に攻められたと知ったあの男の扱いは我に任せよ」
 代わりに、今や事実上豊臣残党の舵を取る男が、同じ盤面を見る。知恵者として、悪くはない。だが半兵衛と真逆の、崩壊をつかさどる存在。その暗い目が、意図を探るように見上げてくる。
「どうするつもりよ」
「なに、簡単なこと。せいぜい、鬼を哀れんでやるわ」
 ちゃんと貴様らの味方にしてくれると切り捨てる。それで済む話だが、なのになぜか吉継は目を細める。
「ひとつ、聞かせよ」
 何を問うのか。無言で促せば、男は削げた頬を撫でてみせる。
「何故、ぬしは四国に拘る。無論、あれを放置するのは困るが、今すぐに手を打たなくてもよかろう」
 それは大半の、元就自身もかつてそうしてきたこと。だからこそ鼻で笑う。
「……放置して臍を噛むのは、もうこの数年で飽いたわ」
 海に上がる白煙。それがどれだけ己の心を抉ってきたか。これだけは、この日ノ本広しといえど、元就以外誰ひとりとして判るまい。
「だが、貴様も判ろう。我はあの男が不愉快なのだ。この瀬戸海を見るたびに、心を乱されるのは冗談ではないっ」
「左様か」
 荒くなる言葉に、吉継はヒヒと笑う。頬を撫でていた節くれだった指先が、迷うことなくぴたりと突きつけられる。
「ぬしは我の同胞か」
「……」
「ぬしの言葉を借りれば、われにはよい駒がある。鬼の居ぬ間の鬼退治は任せよ。それと、偽装用に中国にも少しばかりの兵を」
 やれ、手が足りるかの。などとぼやく男は、すでに是の返事を返しているも同然。それに鷹揚に頷いて、間にある中四国の地図に目を落とす。
 これまで毛利と長曾我部は幾度となく合戦を繰り返してきた。近年は豊臣の顔色をうかがっての小競り合いばかりであったが、この先は――。
「期待させてもらうぞ、大谷」
 口の端が、自然と上がる。それを見る男は少しだけ意外そうな顔をして、だがこちらも鷹揚に頷いてみせる。
 徳川が投げた賽は、巡り巡って瀬戸海にも乱を呼ぶ。三河の徳川からここはあまりに離れた地だからこそ、出来る大仕掛けがある。
 長曾我部元親という男の気性からして、あれが四国に留まり続けることはない。
 これまでも、幾度となく長期にわたって国を空けて来た。ありもせぬ財宝の話であっても、噂を聞けば出て行かずにはおれないのだ。それを利用すれば、四国自体を焼き払うのは決して難しいことではない。
 それが友と信じた家康の手で行われたとしたら、あの男はどうする? 必ず、家康に問いただそうとするだろう。それを先手で封じ込め、利用する。ふたりの策士が仕掛けるのだから、簡単に破らせはしない。
 策士、策に溺れるともいう。だから仕掛ける前から楽観などしてはならぬし、したことなどないはずなのに、なぜか心がひどく騒ぐ。気を引き締めなくては緩む口元をどうしたものか。
「心がざわめくな、毛利」
「フン、すべてはこれからよ」
 そうだ、これからなのだ。握る拳はまだ冷たい。すべてはこれからが肝要と言い聞かせれば、自然と顔も引き締まる。
「……鬼を、この掌で踊らせてみせようぞ」



 吉継が兵力を整えたところで、北国の宝の話を持たせた虚無僧を土佐に向かわせる。
 そうして早々に準備を整えた長曾我部の船が海に出れば、残された兵力など高々知れている。月明かりのない夜に行われた襲撃は、なかなかに残忍であったという。中国においても海沿いの地が襲撃されているが、それは計算された被害であるから、将が動揺こそすれ、元就の中では痛くはない。
「ほぼ壊滅させるとは、大谷もなかなかやるわ」
 四国の襲撃は、潜ませている透波には事前に知らせてある。難を避け報告を寄越させるためであるが、吉継から届いた内容と大差はない。つまり、吉継は元就に対して嘘をついていない証拠ともなる。
 同胞と己を呼んだ男の本心というものは、元就にはわからなくはない。その感情はかつて父を失くして孤独となったときに経験したもの。だが、決して今の感情ではない。
 ――我は、世の中のすべてが不幸である必要などまったくないのだ。
 そう、それを望むのは、たったひとり。
 乾いた唇を舐め、その容貌を思い出せば驚くほど鮮明に浮かぶ一つ目。あの男の、自分本位な声と言葉。忌々しいまでに自由奔放な様。何もかもが、まるで昨日見たことのように思い出される。
 不愉快なこと、この上ない。
 だがその顔が、声が、今まさに歪んでいるかと思えば筆を取る手も軽い。心のこもらぬ形ばかりの慰みすら、まるで本心から生まれ出たように文字となる。
「……早く我の元へ来るがよい、長曾我部」
 一時停戦を申し出た文には、毛利もまた徳川の襲撃を受けたとしたためてある。それを見て、鬼は何と思うか。
 少なくとも、四国壊滅について徳川の仕業と思いたくない心理は働くはず。だがずっと小競り合いを続けている毛利まで襲撃を受けたと知れば、心は揺らぐ。その目で確かめるべく船を出すのは、想像に難くない。
 そうして元就自らが停戦の話をすればどうなる?
 あの男は、人が下手に出ると弱い。そうして何もかも抱こうとするから、あれこれと落とすのだ。
作品名:情火 作家名:架白ぐら