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情火

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 一日千秋の思いとはよく言ったもので、こちらの使者が四国へ赴き長曾我部が船を出すまではひどく長く感じられた。船影が見えたときには、思わず出迎えてやろうかと思ったほどだ。
「よく来たな、長曾我部」
 さすがに行動に移すほどではなかったが、普段ならば多少は待たせることをしなかったのは、急く心のせい。
「……ああ」
 そうしてようやく見る男の顔は、記憶の男のものよりも一回り小さく見える。眼窩の影が濃いせいか、頬が削げたせいか。どちらにせよ、四国の一件が随分と堪えているらしい。
「見たか、沿岸の地を」
 それを指摘することなく、見えることもない海沿いへと視線を向ける。それにつられるように、元親も横を向く。
「ああ。ひでぇことをしやがる。焼けたあれは、アンタんとこの村じゃねぇか」
 チッと舌打ちをする鬼の、その横顔を叩いてやろうかと拳を握る。
 なぜそこが村であったか、とは聞くまい。そこが密かに長曾我部と通じ食料などを提供していたから、焼き捨てたのだ。今回の襲撃場所には、裏切りを働いた村はすべて含んである。
 もっとも、この拳を振り上げればすべて終る。それぐらい判っている。だから静かに息を吐くと、男の隠された左顔を見つめる。
「徳川の仕業よ。よもやこちらにまで手を伸ばしてくるとは、我としたことが油断しておった」
「らしくねぇな、智将さんがよ」
「それは貴様も同様であろう。でなければ、この時期に国元など空けはすまい」
 からかいを含んだ音色にこちらもちくりと針を刺せば、鬼は途端に黙り込む。なんとも二転三転、海のように形を変える。
 そう、この男は自らを西海の鬼と称するように、海がよく似合う。それだけは認めてやらなくはないと右目を見れば、そこには病みを含む彩が見えた気がした。
 ぞくりと、背が粟立つ。これまで自分の物差しでしか物事を考えられずにいた男がはじめて見せる、もうひとつの顔。他人の物差しで無理やり道を作られる男の、懊悩。
 ――そうだ、我はこれが見たかったのだ。
 その眼が、ゆっくりと元就を捕らえる。それが、たまらなく心地よい。
 今、この男は元就を、少なくとも元親の勝手な色眼鏡で見てはいない。たとえ今の眼が歪んでいたとしても、だからなんだというのだ。
「毛利、アンタは何を考えてやがる」
 殺意すら孕んだ鬼の目。勝手に人のことを型にはめ込んで決めつけるその男の目が、今は毛利元就というそのものを値踏みする。
 今ならば、この男の口から不愉快な言葉は決して出てこない。己が正しいと信じ、それと違う他人を否定する。そんな言葉は聞かされない。
 頬が、緩むのを止められない。
「……貴様のことを。長曾我部」
 浮かぶ笑みに、元親の顔が歪む。
「気味が悪いぜ、毛利」
「であろうな。我もらしからぬと思うておる」
 この男から、すべてを取り上げてやりたいと願うのも事実。そしてそれは今のところ半分は叶っている。だが、もの足りない。
 何もかも取り上げるのは、己でなくては気が済まぬ。そう、鬼の目が最後に映すのは、己でなくては許せないのだ。まるで童のようではないか。
 吉継に任せた四国戦は、元就の仕掛けであってはならなかった。事実、元就の影がちらつけば、元親は決してここには来なかっただろう。わかっていても、彼をやつれさせたのが己の手でないことがひどく悔しい。
 ――なんとも、らしからぬ。
「んで、智将さんは、オレのことを考えてどうするつもりだ」
 殺意は薄らぎ、替わりに声は呆れを含んだものへと変化する。ただ、決して消えない警戒。戦場で刃を交えるのとは違う、この感覚。それがひどく心地よい。
「一時停戦を。我は不要な戦いは好まぬ。いずれ、貴様の首は我がいただこう」
 それに飲まれるように、喉がとんとん拍子に言葉を紡ぐ。いま少し考えて言葉を作らねばならないというのに。これではまるで……。
「くれてやるつもりはねぇぜ? ……ま、停戦には同意してやる」
 ケッと舌打ちして肩を竦める男の瞳に、手を伸ばす。それには、流石に元親も半身引いて距離を取ろうとする。
 空を泳ぐ指を握ると、高揚する心を落ち着かせるように胸に押しやる。それを、鬼は奇妙だと目で言うが、仕方ないのだ。
「長曾我部」
「ん?」
「我は貴様のことを、思いのほか好いているらしい」
 そう、その鬼の眼が、たまらぬのだ。
 ククと笑い囁けば、鬼はまるで豆鉄砲を食らったように間抜けに顔になる。なんと変化する顔であろうか。
「そいつは、悪ぃ冗談だぜ」
 またも舌打ちしながら吐き捨てる言葉。
 確かにそうだろう。己とて、逆の立場であればそう思うに違いない。だが、この胸の高まりも、らしからぬ己も、認めぬわけにはいかない。
「我もそう思うが、事実なのだから仕方あるまい」
「――ならよ、オレのことを慰めてくれるのか?」
 からかわれていると思っているのだろう。元親がずいと顔を寄せて来る。
 こうしてみれば、本当に男の顔はやつれたといっていい。国主としての責任を放棄し、これま自由を謳歌してきたすべての結が、一気に降り注いだのだ。
 同情心など、ひとつも湧かない。出てくるのは、歓喜のみ。
「よかろう」
 だから鷹揚に頷いてやる。またも歪む顔に、可笑しくて声が出る。
「刃を持たせる。貴様は、それで気が晴れよう?」
 相手をしてやると笑えば、間近で睨みつけていた男もまた息を吐く。
「……アンタと刃で会話できる日が来るとは思いもしなかったぜ」
 だが、と男の大きな手が伸びる。反射的に身を引きかけて留まれば、微かに指が肩に触れる。
「まだオレはアンタを信用していない。アンタだって判るだろ?」
 こうしてお互い、無意識に避けるのだから。
 それはこれまでの交わりを考えればごく当然なことであり、そしてこの先を考えれば縮まる距離では決してない。
 無言で睨み合うこと暫し。どちらともなく息を吐く。
「テメエとは一時停戦だ。それ以上でも、それ以下でもねぇ」
 それだけ宣言して、元親は踵を返す。それを止めるように背に声をかける。
「貴様はこの先、どうするつもりよ」
「…………家康を問いただす」
 振り返りもせず呟く言葉は、またも陰が混じる。考えなしの鬼めと口の中で呟いて、大仰に溜息を吐いてみせる。
「阿呆か。今の貴様と貴様の軍では、家康の元へもたどり着けまい。雑兵らに討ち取られるのが仕舞いよ」
「んだとっ!!」
「国を、国力を取り戻せ。石田三成ならば、貴様に協力しよう。あれはなんといっても、豊臣を討った徳川をひどく憎んでおるからな」
 計画通りの言葉を紡げば、先ほどまでの高揚が嘘のように心は凪ぐ。
 あれは一体なんだったのか。らしからぬ己は、そう、あの目に恋焦がれる者のようではないか。
 いや、実際に着飾ることの出来ぬ鬼の眼を独りのものにしたいのは、本心であろう。そうして、その首を掻き切ることができたならば。

 ――これは、恋ぞ。

 元就の言葉に悩みながらも、そうだなと頷く元親。掌で踊りだした鬼を、このまま握りつぶすのもよし。掌から飛び出して刃を向けられるのでもよし。
 度し難い、この感情。
 それを恋と呼ばずして何と呼べばよい。
作品名:情火 作家名:架白ぐら